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料理や掃除といった家事の代行を外国人に委ねる取り組みが本格的に始まりました。対象となる地域は、国家戦略特区で認められた東京都と神奈川県、大阪市。業者は手探りながら、受け入れ人数を増やそうとしています。
外国人の家事代行始まる 大阪でフィリピン人が初出社
■共働きや主婦に照準
■共働きや主婦に照準
人材派遣大手のパソナ(東京都千代田区)に雇用された20〜40代のフィリピン人女性25人は、3月に来日した。その一人、アブエグ・ロシエル・ベリゴンさん(34)は、神奈川県内で実務研修を積み重ねてきた。
台所の生ゴミ粉砕器など器具の使い方を確認し、皿洗いに着手。ガスレンジの油汚れを洗剤で浮かせ、食器棚の扉を拭く。日本人の夫がいるフィリピン人の指導役から「隅々まできれいになっていることがお客様の満足につながるよ」と助言され、洗剤ボトルの水滴を丁寧に拭き上げた。
和室は畳の目に沿って掃除機をかけ、風呂場とトイレの掃除を終えるまで2時間ほど。アブエグさんは「お客様の家なので繊細な畳を傷つけないか不安だった。独り立ちに向けて、まずは駅名を全部覚えないと」と話した。
来日した25人は母国で1年以上の家事代行経験があり、約400時間にわたり日本語や日本特有の家事を学んできた。それでも戸惑いはある。
海外では住み込みがほとんどだが、日本では毎日3〜4軒の個人宅を回る。パソナは全員にスマートフォンを支給し、地図検索機能を使って目的地まで行く研修もしたが、地図にない家もある。仕事の時間配分も課題だ。独り立ちは5月の予定だったが、パソナは「もう少し自信を持って仕事をしてもらいたい」(担当者)として1カ月延期。夏にはさらに50人のフィリピン人を加え、3年間で1千人という雇用目標を掲げる。
家事代行大手のベアーズ(東京都中央区)は昨年、約34万件を派遣した。前年より4万件ほど増えており、共働き世帯や専業主婦からの需要増を見込む。特区による人材はまだ2人だけだが、21日に入社式を開く。高橋ゆき副社長は「海外の人が来れば日本人の生活が助かるという成功例を丁寧に示したい。順次受け入れて育てたい」と意気込み、3年間で300人の雇用をめざしている。
高齢者世帯の家事支援も行っている介護事業大手のニチイ学館(東京都千代田区)は来月中に30人を受け入れ、9月までに200人を追加する予定だ。
■従来より安い価格設定も
外国人による家事代行は、これまで外交官などに雇われて来日する場合しか認められなかった。今回の受け入れは、地域を絞って規制を緩める国家戦略特区に基づく。家事の負担を軽くして、女性の就労を促そうというのが政府の狙いだ。受け入れは何人でもできるため、従業員数に応じて上限がある技能実習制度よりも増やしやすい。
3月に開かれたパソナの入社式では、南部靖之グループ代表が「今は25人の皆さんだが、5年、10年後には、何百、何千人を海外から受け入れる。皆さんは日本の女性の社会進出の要だ」と訴えた。
実際にニーズはあるのか。
大阪市の主婦(32)は2歳の長男に加え、昨年11月に次男が生まれると家事がおろそかになり、ストレスが募った。近くにいる夫の親に家事の手伝いは頼みづらい。今年2月、義理の姉から紹介されたベアーズに申し込んだ。
「外国人でもかまわないか?」と確認されたが、主婦は「子どもに英語で話しかけてくれるなら勉強にもなりそう」と快諾。日本人の夫がいるフィリピン人女性が派遣され、拭き掃除や風呂掃除を中心に1回3時間のサービスを月に2回利用するようになった。子育てと家事を一人でする孤独感から解放されて「リフレッシュできる時間」を楽しんでいる。
仕事は丁寧で、月2回で約2万3千円。「経済的な負担が減れば、頼みたい人はもっと増えると思う」と話す。
利用料は業者によって異なる。ベアーズは現行のサービスと同程度を予定する。パソナは特区のフィリピン人によるサービスとして新たなブランドを立ち上げ、これまでの同グループの家事代行サービスより安く設定。1回2時間で月2回なら約1万円になる。(松川希実)
■海外では不当労働の例
恵泉女学園大学の定松文・教授(移民研究)は「一定数が入ってきて日本人が慣れてきたときに、海外で起きているような人権問題にならないか」と危惧している。
イタリアやドイツでは2000年以降に移民の家事労働者が急増。より安く幅広いサービスを求める国民の需要に応えるように、不法就労の移民が多くなり、契約にない不当な労働も増えたという。
日本では政府が移民に否定的な立場から家事以外の仕事は認めていない。特区に期限はないが、受け入れた人材は3年で帰国させる方針。1年以上の実務経験など一定の条件を満たし、政府が認めた企業と契約を結ぶ必要がある。
ただ、家庭内は密室的な環境で内部の状況が把握しづらく、虐待や搾取など人権問題につながる懸念もある。厳しい基準があるとはいえ、定松氏は「しっかり注視していかなければいけない」とする。