人格否定の「ブラック新人研修」とは 自殺で労災認定も

朝日DIGITAL 2017年10月16日

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写真・図版(省略)

「ブラック研修」の特徴

ゼリア新薬工業の新入社員だった男性(当時22)が新人研修中に自殺し、労災認定されていた。遺族が8月、記者会見して明らかにした。研修の一部を委託された会社の講師から、意に沿わない告白を強要されたことなどで精神疾患を発症。強い心理的負荷が自殺の原因と認められた。参加者の心を壊す研修の実態とは――。
「いつまで天狗」新人研修中に自殺 ゼリア新薬を提訴

男性は2013年4月1日、ゼリア社にMR(医薬情報担当者)として入社。同10〜12日、新入社員を対象にした「意識行動変革研修」を受けていた。
 「弱みをさらけ出せ」
 遺族や代理人弁護士によると、講師にそう迫られた男性は、吃音(きつおん)を同期の社員らの前で「告白」させられた。
 「吃音ばかりか、昔にいじめを受けていたことまで悟られていたことを知った時のショックはうまく言葉に表すことができません」
 「しかもそれを一番知られたくなかった同期の人々にまで知られてしまったのですから、ショックは数倍増しでした。頭が真っ白になって、その後何をどう返答したのか覚えていません」。男性は研修日誌にそうつづったが、父親は「男性は吃音ではなかった」と話している。参加者によると、感極まって涙を流す受講者も多数出る異様な雰囲気の研修だったという。
 その後も長時間の研修や自主学習を強いられた男性は同年5月19日、自宅に帰る途中で自殺した。
 男性の研修参加報告書には、講師が赤ペンで書き込んだコメントが残っていた。「いつまで天狗(てんぐ)やっている」「目を覚ませ」
 研修の一部を手がけたビジネスグランドワークス社(東京)は、ゼリア社のほかにも多数の上場企業や有名企業の研修を受託し、委託先の企業名をHPに載せていた(現在は削除)。うち一社の広報担当者は「自分もここの研修を受けたことがある。泣いている人もいた。達成感、一体感があってよかったが、来年度の委託は中止した。こういう研修を受けさせているのかと消費者の目も厳しくなっているので」と話す。
 労働相談を受けているNPO法人POSSE(ポッセ)の今野晴貴代表理事は「肉体の酷使にとどまらず、人格を否定し、それまでの価値観を破壊するような『ブラック新人研修』はこの10年で増加傾向にある。ひどい労働環境でも辞めないように、最初に順応させる狙いがある」と指摘する。
 男性の両親は8月、ゼリア社とビジネス社、同社に所属していた講師を相手取り、計約1億500万円の損害賠償を求めて提訴した。ゼリア社は「係争中でコメントできない」、ビジネス社は「長い研修期間のうち3日を担当しただけで、当社の研修に落ち度はなかった」としている。
 研修を担当した講師は8月に取材を申し込んだが、応じていない。現在は別の研修機関を立ち上げており、そのHPには絶叫する参加者などを映した研修の動画も紹介されていた。だが、男性の父親が提訴を発表する記者会見を開いた後に動画は削除された。いじめや社員研修に詳しい内藤朝雄・明治大准教授は「このタイプの社員研修は集団の意志が自分の意志だと思えるまで調教し、仕立てていく。いわば洗脳だ」と批判する。
 父親(59)は息子の自死から4年間、その理由を探し続けてきた。息子の研修日誌を読み、携帯のロックの外し方を調べて息子と友人とのやりとりをたどった。一時帰省した息子が自宅の本棚に隠すように挟んでいたノートも見つけた。
 「訴えた相手はきっと『彼が特別弱かった』と反論するだろう。身体を鍛え、社交的な息子だったことを知ってほしい」。父親は会見で、大学時代の友人たちが作った追悼文集を手元に置いて訴えた。「公表することで家族も再び傷つくかもしれないが、同じように軍隊式の研修もあると思う。新人研修に警鐘を鳴らしたい」とも語った。
 今野さんによると、こうした「ブラック研修」にはいくつかの特徴がある。同居する家族や、親しい友人や恋人が異変に気がつくこともあるが、親しい人が「その研修はおかしい」と指摘しても、本人が受け入れられないケースもあるという。「ここで逃げたら、どんな会社でも通じないぞ」と研修で繰り返し言われ、「ここで会社を辞めたら、価値のない人間になってしまう」と思い込んでしまうこともあるためだ。「最初から『使いつぶし』をするつもりの会社もある。親世代には、時代が変わったと認識してほしい。本人でも周囲の人でもおかしいと思ったら相談してほしい」と今野さんは話す。(堀内京子)

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