「無期雇用はお勧めできません」――ある派遣社員が法改正に翻弄された現実
6/21(金) 6:44配信 ITmedia ビジネスオンライン
派遣という雇用形態で働く人を取り巻く環境が大きく変わりつつある。きっかけは2015年9月30日に施行された改正労働者派遣法(以後、改正派遣法)。同じ職場で働ける期間の限度が、原則3年間と定められた。
【画像】雇用者全体に占める派遣社員の割合は?
同時に派遣会社には、働く人の雇用の安定と、キャリアアップを図るための措置が義務付けられている。派遣会社は働く人が同じ職場での勤務を希望した場合、派遣先の企業に直接雇用を依頼するか、派遣会社自体が無期雇用するなどの対応をしなければならない。
施行から3年以上が経過し期間制限が適用されるなか、働く人の「雇用の安定化」と、「キャリアアップを図る」という法律の趣旨の通りに対応がなされているのか、その実態は不明だ。
今回、長年派遣で働き、19年で3年の期限を迎えた30代の女性に話を聞くことができた。彼女の話から、派遣で働く人が、今回の法改正によって翻弄されている実態が浮かび上がってきた。
無期雇用に消極的な担当者
「無期雇用をご希望されているということですが、無期雇用はあまりお勧めできませんね」
改正派遣法の施行から3年が経過しようとしていた18年夏、派遣で働く30代女性のAさんは、大手派遣会社の担当者からこう告げられた。
Aさんは12年にこの派遣会社から外資系の企業に派遣された。産休と育休を取得し、15年に復職後も引き続き同じ企業に勤務している。企業からは直接雇用の話も出ていたが、社内の事情で頓挫したため、Aさんは派遣会社に無期雇用されることで、同じ企業で引き続き働きたいと希望していた。
ところが、派遣会社の担当者は無期雇用を勧めようとしない。担当者はAさんに対し、勧めない理由を次のように説明した。
「無期雇用になっても、いまの会社で働けるとは限りませんよ」
「違う会社で働くことになった場合、通勤時間が片道2時間以内の範囲であれば、その会社で働くことを拒否できません」
担当者の説明はさらに続く。その内容はAさんにとっては不利益なものばかりだった。
「無期雇用に転換して、やっぱり嫌だと思ってやめる場合は、退職になります。退職になると、1年間は有期雇用として別の派遣先を紹介することはできません。これは“決まり”です」
退職という形になってしまうと、これまで加入してきた雇用保険もリセットされてしまう。あえて不利益な内容を説明するのは、担当者が無期雇用にしたくないからだろうとAさんは感じた。
話し合いが終わった後、Aさんは担当者の説明が正しいのかどうかを確認しようと、派遣会社のWebサイトを見た。ログインして自分専用のページを確認しても、無期雇用に関する説明はなかなか見つからない。派遣会社に電話で問い合わせながら、画面下にスクロールしていくと、ようやく一番下の方に改正派遣法のことがほんの少し書いてあるだけだった。登録している派遣会社が無期雇用に消極的な姿勢であるのだと受け取らざるを得なかった。
それでもAさんは、現在勤めている派遣先の企業は働きやすいので、職場を変わりたくなかった。状況を企業の上司に相談すると、「私たちもAさんに残ってほしいので、派遣会社が無期雇用にして引き続き働けるようにお願いする」と言い、すぐに派遣会社に連絡してくれた。これでいままで通りに働けるのではとAさんは希望を持った。
10年も働いているのに時給ダウン?
すると10月になって派遣会社の担当者の態度は一変した。担当者は前回の説明がなかったかのような態度で「無期雇用スタッフになりましょう」と言ってきた。手のひらを返すような態度に、Aさんは不信感を抱いた。
その不信感は、契約の条件を聞いた時にさらに膨らんでいく。担当者はAさんに、時給のダウンを提示してきたのだ。現在の時給よりも70円減額し、その代わりにこれまではなかった交通費を支給するので、総額ではいまの手取りとほとんど変わらない、と担当者は説明した。
ただ、交通費は日割り計算なので、有給休暇を取った時には支払われない。保育園と小学校に通う子どもがいるAさんは、子どもの病気や保護者会などで確実に有休を取るので、手取りは実質的にダウンになる。
Aさんがいまの時給になったのは、派遣先の企業が3年前の育休復帰後に、最初の時給よりも約1割上げてくれたからだった。その時は派遣会社の当時の担当者も喜んでくれた。それなのにこのタイミングで70円減らされることには違和感があった。
しかもAさんは、現在の企業と以前派遣されていた企業をあわせると、ほぼ10年にわたってこの派遣会社に所属している。派遣先とトラブルを起こすこともなく、人間関係も良好だった。それだけに担当者の態度にはショックを受けた。
「10年働いてきたのに、こんな扱いをされるのだなあと、残念な気持ちになりました。この派遣会社は、派遣社員を大事にしていないのだと感じましたね」
派遣会社に不満を持つものの、いまから派遣会社を変えると、現在20日ある有休がなくなってしまう。時給が下がるのは納得できないが、従うしかない――。そう考えてAさんは条件を飲み、無期雇用に切り替えることを決めた。
すると年末、Aさんと同じ派遣会社から同じ職場に派遣されている2人が、別の派遣会社に移籍することを知った。Aさんと同様の不信感を派遣会社に持ったからだった。Aさんは次の契約からは無期雇用となることを予定していたが、2人に紹介されて別の派遣会社の説明会に参加した。
派遣会社で全く違う条件
同僚2人は条件面などを鑑みた結果、人財サービス会社のアデコに移籍した。Aさんもアデコに相談すると、現在の時給はそのままで、その上で交通費が支給されるという。しかも、本来であれば有休はゼロからスタートするが、最初から年間10日の有休を取ることができるといった条件を聞いて、Aさんは移籍を決意した。
派遣会社の移籍を派遣先の企業に相談すると、快く応じてくれた。さらに時給が当初の金額よりもアップすることが決まった。企業とアデコの双方が、Aさんが長年働いてきたことを評価したからだった。
Aさんはこれまで所属していた派遣会社と4月から無期雇用の契約にすることに決めていたが、派遣先の企業が契約期間を19年3月までに短縮してくれて、契約を4月から切り替える手続きを進めてくれた。Aさんに無期雇用を勧めなかった先述の担当者は、年末で派遣会社を退職していた。新しい担当者に移籍を申し出たところ、すんなりと受け入れられ、「他の派遣会社の方が条件がいいですよね」と言われただけ。特にトラブルもなく円満に派遣会社を移ることができた。Aさんは4月以降も同じ職場で引き続き働いている。
「偶然」に委ねられたキャリア
Aさんは昨年夏の派遣会社とのやりとりから、移籍できるまでの経過を振り返って、幸い同じ職場で働けるようになったものの、法改正に振り回されたと感じる部分も少なくない。
「円満に移籍できたのは、同僚2人の移籍を知って説明会に参加したことや、派遣先の企業も快く応じてくれるなど、いろいろな幸運が重なったからです。自分にとっていい形で契約できたのはたまたまではないでしょうか。思い通りにいかず、大変な思いをしている人も多いと思います」
アデコは昨年9月、全国の企業や団体で派遣社員として働いている500人に、無期雇用などに対する関心などをインターネットで調査した。
「今後、無期雇用の派遣社員として働きたいと思いますか」という質問に対して、「思う」と答えた人が18.4%、「どちらかといえば思う」が39.0%。つまり約6割の派遣社員が将来的に無期雇用の派遣社員として働くことを希望しているのが分かる。
一方で、「改正派遣法について、どれくらい知っていますか」との問いには、「まったく知らない」と答えた人が43.0%もいた。
Aさんのように、派遣会社によって無期雇用への対応や時給などで異なる条件を提示された背景には、改正派遣法が、働く人だけでなく派遣会社にも正しく理解されていないことが考えられる。時給のダウンは、キャリアアップ措置を義務化した法律の趣旨に反する可能性もあるからだ。
派遣会社の関係者に話を聞くと、改正派遣法に対する対応は、会社によってそれぞれ異なっているという。派遣先の企業に直接雇用するように交渉して紹介料を得るところもあれば、働く人に有期雇用を勧め、その代わりに派遣先企業を増やすことに力を入れている会社もある。つまり、必ずしもAさんのように働く人の希望が通るとは限らないのが実態なのだ。
働く人のメリットを考えた「法改正」なのか
非正規で働く人の無期雇用化を促す法律には、13年4月に施行された改正労働契約法もある。5年以上同じ職場で勤務した場合、無期雇用への転換を申し込める。しかし、施行から5年を迎えた18年4月の前後には、無期雇用化を阻止する目的での雇い止めが特に大学などで問題視された。
改正労働契約法と同じく、派遣社員の無期雇用化を大きな目的とする改正派遣法は、施行から3年半が経過したが、法の趣旨通りに派遣社員の待遇改善が行われているのかどうか、現状では企業の実態はよく分かっておらず、そうした報道もあまり見かけない。
Aさんは派遣社員として長年にわたって働いてきた。そのAさんからみても、改正派遣法が派遣で働く人のためになり、多くの人の希望をかなえる形になっているのかについては疑問を感じている。
「派遣法の改正がなかったら、何事もなく以前のまま働いていたと思います。私が感じている派遣で働くことのメリットは、定時で帰れることと、子どもの病気や保護者会などで仕事を休むために有休が使えることです。仕事と家庭が両立できるメリットと、契約期間があるデメリットを天びんにかけた上で、派遣を選んでいるのです。
仮に派遣先の企業に直接雇用された場合、私が働いているのは外資系の企業ですから、夜中にも海外社員とのビデオ会議があるなど、勤務時間も変わってくるかもしれません。まわりの社員がいままで通りでいいよと言ってくれても、私自身が精神的に辛くなってくることも考えられます。直接雇用は、子育てをしながらといった私のような働き方がしたい人にはとてもハードルが高いのです。
法律を作る人たちは、みんなが正社員で、ボーナスをもらうことがハッピーになることだと考えているのかもしれません。でも実際はそうではなく、派遣で働きたい人がいることを知った上で、派遣法を働く人のための法律にしてもらいたいと思います」
「雇い止め社会」を回避するために
一般社団法人日本人材派遣協会によると、17年1月から3月までの平均の派遣社員数は約129万人だった。雇用者全体に占める派遣社員の割合は2.4%だ。パート社員や契約社員が激増したことで、非正規で働く有期雇用者の割合は現在雇用者全体の37.3%を占めている。一方で派遣社員の割合はここ10年間は大きな変化はない。Aさんのように、派遣社員として長期にわたって働いている人が多いとみられる。
改正派遣法は雇用の安定とキャリアアップを義務化している点で、派遣社員の待遇改善が目的のはずだ。しかしAさんの事例では一歩間違えば不利益を被る可能性があったように、実際には法改正の趣旨とは異なる事態が起きている場合も考えられる。
その原因はいくつか考えられる。1つには先述の調査にもあったように、改正派遣法の周知が十分ではないこと。働く人だけでなく、派遣先の企業、派遣会社の三者が正しく理解して話し合わなければ、円満な契約に至るのは難しいだろう。
もう1つは、派遣先企業と派遣会社の態度によっては、必ずしも働く人が守られない点だ。改正派遣法は、派遣会社と派遣先企業が取り組むべき内容を定めている。しかし、その二者の交渉次第で、働く人が望んでいないのに派遣先の変更や雇い止めが起きる可能性があるのだ。
非正規で働く人の環境を改善することは、18年に成立した働き方改革関連法でも重要なポイントとなっている。特に、雇用形態に関わらず公正な待遇の確保を目的とした「同一労働同一賃金」は、大企業で20年4月から、中小企業で21年4月から導入される予定だ。。
ただ「同一労働同一賃金」が導入される際に、非正規で働く人の雇い止めなどが起きる可能性も否定できない。雇い止めを防ぐためには、雇用の安定がまず確保される必要がある。そのためにも改正派遣法や改正労働契約法の趣旨が守られているのかどうか、実態把握と検証をする必要があるのではないだろうか。働く人を守るはずの法律が、真逆の事態を起こさないために、対策は急務だ。
(ジャーナリスト 田中圭太郎)
ITmedia ビジネスオンライン