最低賃金1000円超え 正社員・非正規社員どう変わる 人生100年時代のキャリアとワークスタイル (8/30)

最低賃金1000円超え 正社員・非正規社員どう変わる
人生100年時代のキャリアとワークスタイル

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NIKKEY STYLE 2019/8/30

派遣社員やパートタイム労働者の時給は上昇傾向(写真はイメージ=PIXTA)
各都道府県の地方最低賃金審議会による2019年度の最低賃金(時給)の答申が出そろい、新しい最低賃金額が10月から順次発効となります。東京、神奈川では全国で初めて時間額が1000円を超えました。来年4月に始まる同一労働同一賃金など、賃金を巡る話題が注目を集めています。派遣社員やアルバイト・パートタイム労働者の時給は上昇傾向ですが、これによって正社員の賃金や働き方にも影響が出るのでしょうか。人事労務コンサルタントで社会保険労務士の佐佐木由美子氏が解説します。

■4年連続3%超の引き上げによるインパクト

私たちが労働者として雇用されて働く場合、最低賃金制度に守られているのをご存じでしょうか。仮に、「時給300円でいいから働きたい」と申し出て、使用者双方の合意のうえであっても、こうした契約は無効とされ、最低賃金額以上の額に引き上げられることとなります。性別や国籍に関係なく、当然ながら外国人であっても最低賃金は適用されます。

最低賃金には、「地域別最低賃金」と特定の産業に設定される「特定最低賃金」があり、両方同時に適用される場合には、高い方の賃金を支払うことになっています。罰則もあり、地域別最低賃金以上の賃金を支払わない場合には最低賃金法によって50万円以下の罰金、特定最低賃金については労働基準法によって30万円以下の罰金が定められています。

地域別最低賃金は、4年連続で3%超の引き上げが続き、東京都は1013円、神奈川県1011円と、全国初の1000円超えとなりました。これに次いで、大阪府では964円、埼玉県では926円となっており、全国加重平均額も901円と昨年度から27円上昇。最低額は790円で、最高額との金額差は223円、昨年度より1円改善していますが、なお地域格差が解消されるまでには至っていません。

最低賃金の改定によって、最も恩恵を受けるのは非正規雇用労働者(有期雇用労働者、パート、派遣労働者)の人たちです。仮に時給が最低賃金と同水準の場合、ここ4年は3%のベースアップをしているのと同じことといえます。

政府は、賃上げによる所得拡大で消費を後押しする狙いですが、その通りになるかは疑問の声もあります。最低賃金が引き上げられることに異論はありませんが、3%の賃上げに見合うだけ全業種で生産性が高まっているかと考えると、やや実態とかけ離れた印象も拭いきれません。

■多様な働き方と賃金のバランス

非正規雇用労働者が増加する中で、政府は働き方改革の目玉として「同一労働同一賃金」を掲げています。これは、同一企業・団体における正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間で、基本給や賞与などあらゆる待遇について不合理な待遇差を設けることを禁じるものです。

同一企業内における正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差解消の取り組みを通じて、どのような雇用形態を選択しても、納得が得られる処遇を受けられ、多様な働き方を個人が自由に選択できる社会を目指しています。

この同一労働同一賃金を含むパートタイム・有期雇用労働法および労働者派遣法の改正は、2020年4月1日から施行されます(中小企業におけるパートタイム・有期雇用労働法の適用は2021年4月1日から)。なお、この法律で保護対象となるのは、パートや有期労働契約で雇用される労働者です。そのため、総合職と限定正社員など、同じ正規雇用労働者(無期雇用フルタイム労働者)間の待遇差については、対象となりません。

総務省「労働力調査」2018年平均(速報)によると、正規雇用労働者は3476万人、非正規雇用労働者は2120万人おり、非正規雇用者における女性比率は68.4%。女性は45〜54歳が365万人(25.2%)、次いで35〜44歳が307万人(21.2%)となっています。非正規雇用労働者に現職の雇用形態を選んだ理由を質問したところ、男女ともに「自分の都合のよい時間に働きたいから」という回答が最も多い結果となりました。多様な働き方のニーズは高まっているといえるでしょう。同一労働同一賃金の保護対象外となる正社員の中でも、育児や介護など様々な理由から多様で柔軟な働き方のニーズは近年高まっています。

■非正規社員の賃金上昇は正社員には逆風?

欧州では、同一労働であれば、時間当たりの賃金を同じにするルールが確立されています。欧州諸国の賃金制度は、基本的に職務や職種ごとに賃金額を定めるいわゆる「職務給」が主流です。一方、日本は長期雇用を前提に、職務遂行能力を評価する「職能給」が広く採用されており、長く務めるほど能力・スキルも高まるという考えから、年功序列型賃金を形成してきた経緯があり、一筋縄ではいきません。

もともと欧州において、同一(価値)労働同一賃金とは、1951年に採択された国際労働機関(ILO)の「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約」に見られるように、男女間の差別是正のためのものとして捉えられていました。

日本における同一労働同一賃金を見据えた最低賃金の引き上げは、人件費増に直結することは言うまでもありません。人件費増加により収益力が低下する企業では、賞与や昇給率など正社員の賃金への影響も避けられないという見方もあり、「正社員の給与が減るのでは?」という不安もあります。実際、人材会社アデコの調査では、大企業の5社に1社が正社員の基本給や賞与を減らす可能性があると回答。政府は同一賃金の指針で、労使合意のない正社員の待遇引き下げを望ましくないとしており、懸念が広がりそうです。

■最低賃金の改定は働き方に関わる問題

こうした不安を解消するうえで、重要となってくるのは、生産性を高めることです。非正規雇用労働者が多いサービス業の労働生産性は、以前から低いと言われていますが、いかに生産性を高めていけるか、各企業の大きな課題といえるでしょう。

今後、人手不足が進む中で、外国人労働者や人工知能(AI)の活用も注目されています。2019年4月には入国管理法の改正によって、介護業や外食業など14業種において外国人労働者の受け入れが拡大されました。新しい在留資格である「特定技能」は、これまでの技能実習生と異なり、職場移動が自由にできます。そうなると、地方から最低賃金の高い大都市圏へ大量転職することも懸念されます。これは外国人労働力を当てにしていた地方にとっては大きな痛手であり、地方も最低賃金を引き上げる必要性が高まっていると言えます。

最低賃金の改定は、単に時給(給与)が上がる、という側面ばかりでなく、広く見ればあらゆる労働者の働き方に関わってくる問題であるといえるでしょう。今後の改定の動向についても、目が離せません。

佐佐木由美子
人事労務コンサルタント・社会保険労務士。中央大学大学院戦略経営研究科修了(MBA)。米国企業日本法人を退職後、社会保険労務士事務所などに勤務。2005年3月、グレース・パートナーズ社労士事務所を開設し、現在に至る。女性の雇用問題に力を注ぎ、働く女性のための情報共有サロン「サロン・ド・グレース」を主宰。著書に「採用と雇用するときの労務管理と社会保険の手続きがまるごとわかる本」をはじめ、新聞・雑誌などで活躍。
 

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