2021年春に介護難民があふれる「人災」が起きる
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2019/9/14(土) 6:15配信 プレジデントオンライン
2021年春に介護難民があふれる「人災」が起きる
※写真はイメージです – 写真=iStock.com/Heiko119
2021年春、介護現場に大きな変化が起きる。2018年に改正された介護保険法で事業所の管理者は「主任ケアマネジャー」であることが義務付けられるからだ。現在、事業所の約44%には主任ケアマネがおらず、これらの事業所はこのままだと3年後に廃業を余儀なくされる。現役のケアマネたちは、「介護難民が続出する」と危機感を強めている――。
■2年後の春、介護を受けられない介護難民が量産されるワケ
ケアマネジャー(介護支援専門員)は介護を支える専門職です。介護サービスする事業者(ホームヘルパーなど)が要介護認定を受けた高齢者宅への訪問介護をする上でなくてはならない存在です。
ケアマネジャーは担当する利用者(高齢者)の状態を見て、本人や家族から事情を聞いてケアプランを作成。それに沿った介護サービス事業者を手配し、その後も利用者の元を定期的に訪問し、相談を受け、状況に応じてサービスの見直しをするといった仕事をします。
「ケアマネジャーをわかりやすく例えれば、スポーツチームの監督のような存在です」
と説明してくれた介護サービス従事者がいました。
「スポーツチームの監督はチームを強くするための強化プランを作り、それに必要な選手やスタッフを集めます。試合ではチームを指揮し、結果が出なければ選手交代などの手を打つ。ケアマネジャーは利用者さんとその家族の介護を支えるためにチームをつくり、指揮を執るわけですから」
監督の強化プランに該当するのは、ケアプラン。選手やスタッフに当たるのは介護サービス事業者というわけです。
この監督に例えられるような重要な存在であるケアマネジャーが、数年後には大幅に不足し、誰もが介護を受けられる状態ではなくなる可能性があるのです。
原因は、2項目の介護保険法改定です。
2021年春に介護難民があふれる「人災」が起きる
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■主任ケアマネの人数自体が少ない実情を無視した法改正
ひとつはすでに改定され、2021年の3月に施行される「居宅介護支援事業所の管理者は主任ケアマネジャーでなければならない」というものと、これと同じタイミングでの改正が予想されている「ケアマネジャーの仕事に関しても今後は利用者の1割負担にする」というものです。そこで、このふたつの法改正の問題点を2回にわたって現場のケアマネジャーの証言を交えて述べていきます。
介護保険法の改定により「居宅介護支援事業所の管理者には主任ケアマネジャーを置かなければならない」という規定ができたのは、2018年4月のことです。
なぜ、この規定ができたのか。その理由として挙げられたのは「介護保険サービスの質の向上」です。ケアマネとして長い実務経験を持ち、研修もしっかりうけた“主任ケアマネ”が管理者になり、その部下的な立場としてのケアマネの仕事の質を上げるため指導育成することが必要だ、というわけです。
主任ケアマネになるには、ケアマネとして5年以上の実務経験を持ち、長時間の研修を受けた人という条件があります。現状では“主任ケアマネ”の管理がない事業所でも業務はできますが、そのなかにはケアマネになったばかりの人もいて、経験の浅さから、担当する利用者に対して細やかな目配りができない懸念がある。
ならばベテランである“主任ケアマネ”に管理を任せる規定を設け、責任を持って仕事のチェックをし、指導する体制にすることで質を担保しようというわけです。利用者サイドから見れば「質の向上」を期することは歓迎すべきことで、この改定に特に問題があるようには見えないかもしれません。
■ケアマネが廃業に追い込まれ介護サービスが受けられぬ利用者続出
しかし、大きな問題があるのです。
首都圏のある市で居宅介護支援事業所を営むケアマネ歴15年のIさん(主任の資格未取得)はこう語ります。
「主任ケアマネの数が十分ではないのです。厚労省が発表した統計によれば2018年現在で主任ケアマネがいない事業所は43.7%です。主任ケアマネがいない事業所は3年後の2021年3月には存続できません。事業所は大慌てで主任ケアマネの確保に動いていますが、とても間に合いそうにありません。となると、2021年の春には多くのケアマネが廃業に追い込まれて、介護サービスが受けられなくなる利用者さんが続出するのです」
そもそもなぜ、主任ケアマネが少ないのでしょうか。ひとつは、主任資格取得までの高いハードルがあります。
主任取得できるのはケアマネジャーの肩書を持つ人ですが、ケアマネジャーになるためには社会福祉士、介護福祉士などの国家資格(看護師、医師、理学療法士なども含まれる)を取得して、5年以上の実務経験を積むことが必要です。それでようやくケアマネ試験の受験資格が得られますが、試験の合格率は平均15%程度(2018年は10.1%)。かなりの狭き門です。
この関門を越えてケアマネジャーになり、5年以上の実務経験を積んだ人が70時間の研修を受けることで、やっと主任ケアマネになれる。最短でも取得までに10数年はかかる資格なのです。
■「主任」になっても、給料は以前とほぼ同じ
主任資格を取得済みのケアマネジャー・Tさんは言います。
「取得にかかる時間の長さ以外にも大変な面があります。主任になるための研修の受講料が高額なのです。都道府県によって異なりますが、安くても3万円、高いところは6万円もします。主任になるかどうかは任意なので、この費用は基本的に自己負担。しかも、忙しいケアマネ業務の合間に時間をつくって受講しなければならない。周囲に気を遣いながら取得する資格なのです」
これほどの苦労をしてなる主任ケアマネ。当然、メリットはあると思われますが、「ケアマネの名称の頭に“主任”がついたところで、大した違いはありません」とTさんは語ります。
「報酬に関しては私の場合、主任になった後も以前とほぼ同じです。業界でいわれるメリットとしては『指導的立場になれる』『他のケアマネやサービス事業者から頼られる』『転職に有利』といったことが挙げられますが、指導的立場になれば、その分、責任も増します。頼られるかどうかは、その人の人間性にもよるでしょうし、転職についても主任だからといって特別好待遇になったという話は聞いたことがありません。私は若い頃から、この分野のエキスパートになろうと思っていましたから主任を取得しましたし、立場に対する自負もあります。でも、残念ながらメリットは感じたことは一度もありません」
こうした事情から主任ケアマネになる人が少ないというわけです。
■ケアマネも「働き方」によっては廃業が決定的な人もいる
とはいえ、今回の法改定によって風向きが変わりました。主任ケアマネがいなければ事業所として認められなくなるわけですから、主任不在の事業所では大慌てで経験が5年以上のケアマネに研修を受けさせているといいます。
「ところが、ここでも問題が生じています。主任研修に人が殺到するようになったため受講倍率が2倍、3倍になっている。主任になろうと研修に申し込んでも、受けられない人が大量発生しているんです。特に気の毒なのは“一人ケアマネ”です」(Tさん)
介護保険法では「居宅介護支援事業所」とひとくくりにされていますが、ケアマネが働く環境はさまざまです。「事業所」はもとより「地域包括支援センター」や「老人ホーム」に所属する人もいる。また、単独で仕事をしている「一人ケアマネ」も少なくないそうです。
「一人ケアマネは2021年の3月までに主任にならなければ、仕事は続けられなくなります。そのなかには経験が1〜2年という人もいる。3年の経過期間では資格を満たすことができず、ケアマネ廃業が決定するわけです。ひどい話でしょ? 」(Tさん)
主任ケアマネがいる事業所に雇ってもらえばいいのでは? とも思いますが、事業所を経営するIさんは「ケアマネの事業所はどこも採算ギリギリで経営しています。新規で人を増やすメリットはほとんどありませんから雇用は望み薄。ケアマネとして残れる人は少ないと思います」といいます。
■ケアマネ不足で「介護難民」は全国で100万人単位に及ぶ可能性
失業したケアマネはどうなるのでしょうか。
「ケアマネの資格を持っていれば、いくらでも転職先はあります。老人ホームやデイサービスの事業所など、高齢者や介護関係の施設はどこも人手不足ですから、引く手あまたでしょう。また、ケアマネは既婚女性が多い職であり、これを機に引退を決断する人も多いのではないでしょうか。結果的に困るのは、その人が担当していた利用者さんです」(Iさん)
ケアマネが担当する利用者は「最大39人」となっています。それ以上の人数を担当することも不可能ではありませんが、増えた分は減算されて報酬につながらないだけでなく、仕事のキャパシティーを超えてしまうため事実上40人以上担当するのは難しいのです。
冒頭でケアマネをスポーツチームの監督に例えましたが、ケアマネが1人辞めることによって、30人以上の高齢の利用者が介護の頼みの綱である監督役を失い、サービスを受けられなくなる事態も発生してしまうわけです。全国規模でみれば、その数は10万人、100万人単位に及ぶのではないでしょうか。
「ともかく5年の経験が必要な主任ケアマネを置かなければならないという改正法の施行まで3年しか経過期間を見ないのはどう考えてもおかしい。このままでは法律が施行される2021年3月、在宅介護の家庭は大混乱に陥るはずです」(Tさん)
介護保険法の改正は3年おきです。介護業界では経過期間をもう3年延ばせないか、という働きかけをしていますが、結論は不透明とのこと。こうした事実をメディアはほとんど報じておらず、介護の現場でも大混乱に有効な対策を打てないまま、大きな問題が放置された状態です。
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相沢 光一(あいざわ・こういち)
ライター
1956年生まれ。月刊誌を主に取材・執筆を行ってきた。得意とするジャンルはスポーツ全般、人物インタビュー、ビジネス。著書にアメリカンフットボールのマネジメントをテーマとした『勝利者』などがある。
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ライター 相沢 光一