過労死や過労自殺が高止まりする中、長時間労働や労災事故など不当な労働条件の改善を指導する労働基準監督官は、東京23区では1人当たり約3千の事業所を担当している。人手が足りず、十分な監視の目が行き届かない実態が浮かび上がってくる。
本紙は、厚生労働省の東京労働局への取材で、昨年度に23区の各労働基準監督署が担当した事業所数を確認。厚労省は、労基署ごとの監督官数を公表していないが、労働新聞社(東京都板橋区)が発刊した「労働行政関係職員録 平成23(2011)年版」に掲
載された管理職を除く監督官の人数から1人当たりの事業所数を算出した。
職員録では、23区で管理職を除く監督官は139人。本紙の計算では、23区のうち最も負担が重いのが、大手企業の本社が集まる中央労基署。1人当たり約3600の事業所を受け持つ。王子(約3500)、足立(約3400)と続き、最も負担の軽い亀戸
労基署でも、1人で約2300の事業所を担当している。長時間労働やパワーハラスメントによる自殺や過労死は後を絶たない。都内では労働者から労基署への年間の申告件数は十年前に比べ千件以上増えた。昨年度、精神疾患にかかり労災を申請した人は全国で1272人と、3年連続で過去最多を更新。脳・心臓疾患で申請した人は898人と2年連続で増加した。
だが、1965年以降、監督官1人当たりの事業所数は、全国的にも1500前後で推移しており、人手不足は解消されていない。
消費税増税に伴う国家公務員の新規採用抑制が、人手不足に追い打ちをかける。来年度の監督官の採用数は、前年度比44人減の46人となる。
今年6月の衆議院の社会保障と税の一体改革に関する特別委員会では、野党から労働行政への影響を懸念する意見も出た。当時の小宮山洋子厚労相は「効果的な監督を実施するよう最大限努力したい」と答弁している。
◆日本はほど遠い水準
中嶋滋・前国際労働機関(ILO)理事の話 適正な労働のために不可欠な監督行政に関する条約は、ILO条約の中でも最重要の位置づけだ。経済状況や産業構造にもよるが、適切な労働監督行政には労働者1万人当たり監督官1人が必要という目安をILOは示し ている。ドイツなどはクリアしているが、日本はほど遠い水準。人員削減が続き、行政本来の目的が果たせない由々しき事態が進んでいる。
<労働基準監督官> 労働条件の改善のため、労働基準法など労働関連の法律に基づき取り締まりを行う国家公務員。全国の労働局や労働基準監督署に配置されている。会社に立ち入ったり、帳簿などの提出を求めたりして法令違反があれば是正勧告する。労働者からの通報や告訴・告発も受け付けており、悪質な違反ならば、警察官のように特別司法警察職員として捜査・逮捕できる権限を持つ。