写真・図版:野村不動産に対する特別指導について加藤勝信厚生労働相が事前に報告を受けた際の資料。厚労省はほとんど黒塗りにして開示した(省略)
裁量労働制を違法適用していた野村不動産の宮嶋誠一社長を昨年末に呼んで特別指導をした厚生労働省東京労働局の勝田(かつだ)智明局長が30日の定例記者会見で、出席した新聞・テレビ各社の記者団に対し、「なんなら、皆さんのところ(に)行って是正勧告してあげてもいいんだけど」と述べた。企業を取り締まる労働行政の責任者が監督指導の権限をちらつかせて報道機関を牽制(けんせい)したととられかねない発言だ。
過労自殺した男性社員の遺族の労災申請が野村不動産に対する特別指導のきっかけだったのに、個人情報保護などを理由に厚労省はこうした経緯の説明を拒んでいる。厚労省が28日に国会に提出した、特別指導の前に加藤勝信厚労相が報告を受けた際の資料も大半が黒塗りだった。会見では、特別指導をした理由や経緯の説明を求める質問が相次ぎ、勝田氏は「お答えできません」「ノーコメントです」などの回答を繰り返した。勝田氏はこうしたやりとりの中で監督指導の権限を行使する可能性に触れた。
発言の真意をただした記者に対し、勝田氏は「多くのマスコミでも、違反がないわけではないんでね」「みなさんの会社も労働条件に関して、決して真っ白ではないでしょう」などと言及。テレビ局を例に挙げ、「長時間労働という問題で様々な指導をやってきています。逐一公表していませんけど」とも述べた。
そのうえで、是正勧告の公表について「全部行使できる」と話した。企業への是正勧告は通常公表しないが、野村不動産への特別指導と同様に、公表するか否かを自分が判断できることを示唆したものだ。野村不動産について質問する報道機関への脅しかと問われると、「そういうことではありません」と釈明した。
東京労働局は30日午後8時半過ぎ、勝田氏の「是正勧告してあげてもいいんだけど」などの発言が「報道機関を牽制したととられかねない発言で不適切だった」として撤回する旨を、会見に出席した記者にメールで伝えた。東京労働局の広報担当者は朝日新聞の取材に対し、インターネット上の報道を見た勝田氏が撤回する必要があると判断したと説明している。
東京労働局管内には、全国の労働基準監督官の1割強にあたる352人が配置されている。監督官は、労働法令に違反した企業に対する是正勧告などの行政指導をしたり、警察官のように強制捜査や書類送検したりできる権限を持つ。労働局は各都道府県に一つずつある厚労省の出先機関で、労働局長は監督行政を統括する立場にある。
東京労働局管内では近年、朝日新聞社や日本経済新聞社、TBSが違法な長時間労働で是正勧告を受けた。記者が過労死したNHKも指導を受けている。
勝田氏は東大法学部を卒業後、1982年に旧労働省(厚生労働省)に入省したキャリア官僚。広島労働局長、大臣官房総括審議官などを経て、昨年7月から現職。