2018年7月16日 https://digital.asahi.com/articles/DA3S13588664.html
社員に違法な長時間労働をさせた企業の社名を公表する制度が、十分に機能していない。過労死を防ぐ狙いで厚生労働省が導入し、適用数が少なかったために昨年1月から公表対象を拡大したにもかかわらず、その後の適用がわずか1社にとどまっている。識者は「適用の基準を下げるべきだ」と話す。
厚労省は以前から、労働基準法違反などを繰り返す悪質な業者は書類送検し、社名を公表してきた。長時間労働に関する送検は年100件ほどだが、長時間労働のはびこる状況が改善されないため、厚労省は2015年5月、送検前の是正勧告段階でも社名を公表できる仕組みを導入した。
ただ、「10人以上の社員に月100時間超の違法残業が、1年間に3事業場で見つかった場合」などと適用要件が厳しかったため、社名公表は導入後約1年半で、わずか1件にとどまった。
その後、電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24)の過労自殺が認定され、過労死問題への社会の関心が高まった。これを受け、政府が過労死防止の緊急対策の一つとして、17年1月に社名公表の要件を緩和した。
現制度での基準は、三つの違反が重なって初めて社名公表になる。このため、「3アウトルール」とも呼ばれている。
まず、(1)10人以上の社員に月80時間を超える違法残業をさせた(2)月80時間超の違法残業によって社員が過労死や過労自殺(未遂を含む)などで労災認定された――のどちらかの違反をした事業場が1年間に2カ所で発覚し、「2アウト」になった企業について、労働基準監督署長が労務担当者を呼び出して指導する。
その後の立ち入り調査でも違法な長時間労働があれば「3アウト」で社名公表する。月80時間超の違法残業による過労死・過労自殺が2カ所であった時など、「2アウト」で公表する特別ルールもある。ただ、公表する中身は、社名やどれほどの違法残業があったかだけで、過労死があったかどうかは公表しない。
厚労省によると、16年度に月80時間以上の残業をして労災認定されたのは、過労死・過労自殺(未遂を含む)した152人を含めて415人で、月80時間超の違法残業による是正勧告は7890件あった。制度に当てはめて公表対象が何件になるかの統計はないが、厚労省はルールの見直しで対象はある程度は増えると見込んでいた。
それにもかかわらず、公表は昨年9月、4事業所のトラック運転手84人に月80時間超の違法残業をさせたとする名古屋市の運送会社についての1件にとどまっている。厚労省幹部は「10人以上というハードルが高い」と話すが、現状で制度を見直す予定はないという。
過労死問題に詳しい森岡孝二・関西大名誉教授は、「企業側に配慮した制度と言わざるを得ない。公表数が増えないのも当然だ」と語る。10人以上という要件の厳しさに加え、呼び出し指導後の再調査で違反が見つからなければ、公表されないことを問題視する。
そして、「悪質な企業を除けば、労基署長の指導を受けたらいったんは改善する。これだけ過労死が社会問題になっているのだから過労死があれば社名を公表すべきだし、それができなくても2アウトで公表するなどもっと基準を下げるべきだ」と指摘する。
■野村不動産の「指導」、異例の発表
公表が1件にとどまる一方で、制度によらずに社名を公表する事例もあった。労働時間規制を緩める裁量労働制を全社的に違法適用していたとして、東京労働局が昨年12月末に野村不動産へおこなった「特別指導」だ。
特別指導は過去に、高橋まつりさんが過労自殺した電通だけで、発表した例に限れば前例がなかった。記者会見した当時の東京労働局長は「(同社の不正を)放置することが全国的な順法状況に重大な影響を及ぼすため」と理由を説明し、自身の判断で特別指導をしたことも明かした。
ただ、特別指導のきっかけが社員の過労自殺だったことが後に明らかになり、野党は、国会で審議中だった働き方改革関連法案を通すための指導だったのではと疑問視。「過労死の事実を隠して恣意(しい)的に公表した」と批判した。現役の労働基準監督官からは「労働局長の判断一つで社名を公表できるのなら、わざわざ公表制度をつくった意味が薄れる」との声も出ている。
(贄川俊)