<働き方改革の死角>高齢ワーキングプア誘発 定年後の再雇用「ザル法」
東京新聞 2019年6月22日 朝刊
会社がAさんに示した労働条件通知書、業務内容として「簡単な事務作業」と記してあった
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政府の成長戦略で柱とされる高齢者の雇用機会確保。企業に「70歳までの雇用延長」を努力義務として課すが、現状でさえ不安にさらされる高齢者雇用の断面を見た。
「Aさんは明日から契約社員になり、営業の仕事からは離れます」
神奈川県内にある投資コンサルタント会社に勤めるAさん(60)。定年日当日の今月中旬、会社は突然、社員を集めて発表した。「こんな強引なやり方が許されるのか」。Aさんはショックを受けた。
外資系銀行での資金運用経験など金融知識を買われ、転職してきて以来十年間、営業最前線で成果を上げてきた。会社は「定年後も営業をやってもらう。給料も従前どおり」と言っていたが、定年が間近に迫った今月初め、態度をひょう変させた。
定年後再雇用に際し、会社が労働条件通知書に記した給料は、定年前の六割減。仕事内容は「簡単な事務作業」。頭の中が真っ白になったAさん。以来、定年後の条件を巡って会社と押し問答を続けてきた。
大学に入学したばかりの子どもがいる。給料も仕事内容も受け入れがたいが、「(辞めるのは)悔しい」と子どもに言われ、Aさんはとりあえず働き続けることにした。
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高齢者雇用の根幹となる高年齢者雇用安定法(高年法)。「六十五歳までの安定した雇用を確保する」と謳(うた)い、企業に(1)定年の引き上げ(2)継続雇用(再雇用)(3)定年制廃止−のいずれかを義務付けている。
だが、実際には厚生労働省調査では企業の八割が(2)の再雇用を選んでいる。「雇用契約をいったん切ると、待遇切り下げが可能になるから」。労働問題に詳しい安元隆治弁護士が言う。
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問題は高年法が再雇用後の賃金水準も示さず、正規・非正規の雇用形態の縛りもない「抜け穴だらけのザル法」(笠置裕亮弁護士)という点。会社が意のままに待遇を引き下げる事態を招いており、転職も難しい高齢者が不安定なワーキングプア状態に追い込まれ、会社を訴える例も相次ぐ。
福岡県の食品会社は、定年前に三十三万円だった女性社員の月給を四分の一以下の八万円に下げると提示した。「不当な扱い」と女性は会社を提訴。裁判所は「高年法の趣旨に違反する」と女性の主張を認めたものの、慰謝料百万円を手にしただけだった。「正社員と同じ仕事なのに基本給が八割に下げられた」と横浜市の運送会社の運転手らが訴えた裁判では処遇差は大半が違法とされなかった。
政府は高年法を改正し七十歳までの雇用支援措置を義務付ける方針だが、このままでは長い職業人生に低賃金でやりがいのない十年間の付属品がつくだけになりかねない。
「経験豊富で体力もある高齢者の労働力が安価に搾取されている。労働条件を規制する要件を高年法に入れるべきだ」。笠置弁護士は言う。
年齢だけで一律の雇用システムを押し付ける政府の姿勢を疑問視する声も。政府が昨年まとめた「高齢社会対策大綱」は年齢による画一化を見直しエイジレス社会を目指すとしたが、それと矛盾する。高齢者雇用に詳しい名城大の柳澤武教授は「年齢に関係なく、労働者自身が就労や引退を決められるような法規制が求められる」と主張する。
(編集委員・久原穏)
<高年齢者雇用安定法> 高年齢者の安定した雇用確保のため、希望する社員を全員65歳まで雇うことを企業に義務付けた(2013年4月改正法施行)。厚生年金の支給開始年齢の引き上げに対応し、定年後の「年金空白」を防ぐのが目的だった。