<働き方改革の死角>ハラスメント禁止、早急に批准を ILO事務局長インタビュー
https://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2019090490070528.html
NHK News 2019年9月4日 07時06分
国際労働機関(ILO)のトップであるガイ・ライダー事務局長は本紙のインタビューに応じ、六月に制定した職場でのセクハラやパワハラを全面禁止する国際条約に関し「世界で被害者を減らすために早急に批准してほしい」と日本に強い期待を表明した。政府は条約に賛成票を投じたが経済界に配慮し、批准には後ろ向き。国際的要請も高まる中、ハラスメント根絶に向けた政府の決意が問われている。
条約が国内で効力を持つには批准と呼ばれる国内承認手続きが必要だが、経団連は「部下への適切な指導と区別がつきにくい」として抵抗。政府も批准するか否か明確にしていない。
ライダー氏は、「ほとんどの国では経済団体も条約に賛成したことをみるべきだ」として経団連に苦言を呈した。その上で「ハラスメントは加害者にも被害者にもダメージを与える。どういう行為をしてはいけないかを明確にし、適正に罰すれば働く環境は改善し、生産性も上がる」と指摘。ハラスメント根絶は企業の生産性向上や経済成長にも好影響を与えると強調した。
また「日本はアジアのリーダーであり、批准すれば同調する国が増える」として日本の決断が被害を世界的に減らすことにつながるとの見方を示した。
働き方改革の一環で、月間百時間の残業上限規制を設けたことについては「カローシ(過労死)の言葉は外国人にも知られているぐらい日本の長時間労働は有名だ。上限は正しい方向だが、国際的に見て百時間はまだまだ長すぎる」と指摘、一段の労働時間短縮策が必要との見方を示した。
ILOはセクハラ被害を告発する「#MeToo」運動が広がる中、六月に全面禁止条約を92%の賛成票を集め採択。日本も五月にハラスメント規制法をつくったが、経団連の反対で企業に相談窓口の設置など防止策を義務付けるにとどまった。経団連はILO条約の採択で棄権した。
ライダー氏は、雇用関係の国際会議に出席するために先月三十日から九月二日まで来日していた。
◆条約適用・厳格化 めど立たず
仕事の場でのハラスメント禁止条約を批准するよう日本への国際的要請が強まっている。政府は働き方改革を掲げながら、働く環境改善に直結する条約の国内適用には後ろ向き。このままでは国内外から疑念の声が強まるのは必至だ。
「セクハラ罪という罪はない」。財務省事務次官による女性記者へのセクハラ問題で、政府は昨年、麻生太郎財務相の言葉を受け、こんな答弁書を閣議決定した。セクハラ認定しないままのあいまい決着に批判が高まったことを受け、規制策には着手した。だが、ハラスメント行為自体の禁止規定がない。損害賠償の根拠規定となることを恐れる経済界に配慮したためだ。
腰の引けた姿勢はいまも同じ。交渉関係者によると条約批准は「全くめどが立っていない状況」という。採択に賛成したのは「世界にとってよいこと」との判断があったからのはずなのに自国適用しないのは大きな矛盾だ。連合の調査では職場でパワハラ、セクハラを受けた経験のある人は、四割にも及ぶ。ハラスメントの定義があいまいなため、自分でも認識せず、人を傷つけ深刻な被害をもたらしている例も多い。
してはならない行為を明確に定義、禁止することで、働きやすい環境ができるとのライダー氏の指摘には説得力があり、政府は真剣に耳を傾け、批准と国内法の厳格化を急ぐべき時だろう。 (池尾伸一)
<国際労働機関(ILO)> 労働環境を改善するための国連機関。本部はスイス・ジュネーブで187カ国が加盟。1919年に設立され、今年創設100年。各国の政府代表に加え、労働組合と経済界の代表の三者が発言権を持ち、投票で政策決定。総会で採択された条約を加盟国が批准(国会同意)すると、その国は条約の基準に合うよう国内法を整備する。これまで190本の条約を制定。日本は基本的な8条約のうち差別撤廃、強制労働廃止の2条約を批准していない。
<ガイ・ライダー> 第10代ILO事務局長。1956年、英国リバプール生まれ。ケンブリッジ大などを卒業後、国際自由労働組合連合などを経て98年ILO入局。2012年労組出身者として初の事務局長に就任。
(東京新聞)
インタビューに答える国際労働機関ILOのガイ・ライダー事務局長=東京都港区で(市川和宏撮影)
インタビューに答える国際労働機関ILOのガイ・ライダー事務局長=東京都港区で(市川和宏撮影)