風間直樹 解雇解禁? 規制改革論に潜む“火種”

2013年03月13日 東洋経済オンライン

有識者会議の主張は抑制ぎみ、第1次安倍内閣の反省か

風間 直樹:東洋経済 記者
 
正社員を解雇しやすく――。「労働市場の流動化」など雇用問題をテーマにした規制改革の流れが、にわかに勢いを増している。安倍政権の下に発足した複数の有識者会議で、それぞれ議論が急速に進んでいるのだ。
 
3月6日、政府の産業競争力会議の分科会で、民間議員から労働市場の流動化を求める声が相次いだ。提言で目立ったのは、解雇の有効性が争われた際に金銭で解決できる制度の新設。特に解雇について厳格な日本の従来制度を改め、日本の経済や産業の活性化につなげようという主張である。
 
3つの有識者会議で議論に
 
雇用問題が議論に上っている政府の有識者会議は、産業競争力会議だけではない。経済財政諮問会議と規制改革会議でも、2月に労働法規の規制緩和についての議論がそれぞれなされた。経済財政諮問会議では民間議員4人の連名で、「雇用と所得の増大に向けて」との資料が提出され、規制改革会議でも同会議の4ワーキンググループのひとつとして雇用分野が置かれ、検討項目が並んだ。
 
ただし、これらの議論について、各会議の主張として公表された内容は相当に押さえられた表現となっている。諮問会議の民案議員ペーパーは、「労働移動等に対応するため、退職に関するマネジメントの在り方について総合的な観点から整理すべき」と記載。規制改革会議の検討項目でも、「労使双方が納得する解雇規制の在り方」と表記されるなど、一見玉虫色とも取れる、曖昧模糊としたものとなっている。
 
労働規制の大胆な緩和を進めたいというのが、各会議における委員の意向だろう。ただ、現時点では、その議論内容についての公表内容を曖昧にしているのにはワケがある。

話は6年前にさかのぼる。第一次安倍晋三内閣が発足した2007年5月のことだ。当時、労働規制の緩和を主張していた規制改革会議から出された一枚の文書が、各界に大きな波紋を巻き起こした。
 
「脱格差と活力をもたらす労働市場へ」。同会議の労働タクスフォースの名で出されたこの文書は、これまでの労働規制や労働市場のあり方を、いわば全面的に否定する内容だった。
 
労働者の権利をことごとく否定
 
「一部に残存する神話のように、労働者の権利を強めれば、その労働者の保護が図られるという考え方は間違っている」という前提の下に、最低賃金の引き上げ、女性労働者の権利強化、正社員の解雇規制、労働時間の上限規制、労働者派遣法の直接雇用申し入れ義務などをことごとく否定した。
 
行政庁、労働法・労働経済研究者に対しては、「ごく初歩の公共政策に関する原理すら理解しない議論を開陳する向きも多い」と非難。急務の課題として、解雇権濫用法理の緩和、解雇の金銭解決の試行導入、労働者派遣の完全自由化、労働政策立案を公益側、労働側、使用者側の3者で構成される労働政策審議会から、「フェアな政策決定機関」へと移行することを求めた。
 
この「脱格差と活力をもたらす労働市場へ」の作成で中心となった委員は、当時こう語っていた。「たとえば最低賃金制度が効率性をゆがめる影響はあるに決まっている。影響はあるのだから制度は不要であり、世界中で導入されているのだとしたら、それは世界中が間違っている。日本だけは正すべきだ」。
 
解雇規制を緩和したうえ、労働者派遣を完全自由化したら「どん底への競争」になるとの主張に対しては、「それで何が悪いのか。路頭に迷うのと、せめて派遣で働けるのと、どっちがいいのですか」「市場の失敗がない以上は労働行政の役割はほとんどいらない」。これが当時の安倍政権の下で認められた労働規制改革の方向性だった。

小泉純一郎・安倍晋三の両政権下では、規制改革会議や経済財政諮問会議の提言は、政府案と一体のものとして推し進められた。これらの答申に載ってしまえば、政府も閣議決定においてこれを確認するという形で、自動的に政府案として固まってしまっていた。
 
安倍→福田政権への移行で当時の議論は鎮火
 
「脱格差と活力をもたらす労働市場へ」についても各方面で波紋を呼びながらも、07年12月末に発表された規制改革会議の第二次答申では、その内容はほぼそのまま盛り込まれた。ただし、安倍氏は07年9月に急きょ退任。首相は福田康夫氏に交代していた。福田政権以後は、自民党内からも「規制改革会議にいる学者は本当に現実がわかっているのかと言いたい」と強い批判がでるなど様相が変わり、そうした過激な議論は次第に鎮火していった。
 
およそ3年強に及んだ民主党政権を経て、再び表舞台にたった安倍首相。仮に今回の各会議での雇用をめぐる議論の本当の狙いが、6年前と同様、現在の雇用ルールを全面否定するのだとしたら、当時と同様に大きな波紋を呼ぶ可能性はある。高支持率の足元を揺るがせかねない“火種”を抱えながら、労働規制改革の議論は進んでいる。

 

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