東京新聞 2013年3月16日
安倍晋三首相が環太平洋連携協定(TPP)交渉への参加を表明した。日本はコメを含む「聖域なき関税撤廃」という前提をどう突き崩すのか。国民との約束に違(たが)わぬ交渉を貫くよう求める。
TPP参加に伴い、輸出増などで国内総生産を三・二兆円押し上げる一方で、安い穀物輸入などが増え農林水産業の生産額(現在約八兆円)が三兆円減少する。政府の試算だ。農業団体などの反対を押し切り、首相が交渉参加を決断した理由は何か。
「この機を逃せば貿易のルールづくりから取り残される」という首相の発言に表れている。TPPは台頭する中国の東南アジア接近を警戒するシンガポールを中心に四カ国が二〇〇六年に締結した。
ルールづくりは百五十を超える国・地域が加盟する世界貿易機関が担ってきたが、中国などの反対で機能不全に陥った。そこでTPPに合流したのが中国への警戒心を共有する米国だ。現在、十一カ国が交渉を続けており、成長するアジア経済の主導権を中国に渡さないための陣取り合戦でもある。
米国は欧州連合(EU)と自由貿易協定の交渉開始で合意した。日本−EUも近く交渉入りし、新ルールづくりが一気に加速する。
オバマ米大統領はTPPについて「アジアへの輸出を増やし、米国の雇用を守る」と語った。中国にはルールづくりに手を触れさせず、人口十三億人の巨大市場には深く食い込んでいく。そして、ゆくゆくは中国をTPPのルールの下に引き入れる思惑も秘める。
日本もルールづくりに加わると表明した首相は、どう交渉に臨むのか。首相はオバマ氏との先月の首脳会談を「聖域なき関税撤廃が前提でないことが確認された」と評価し、事前協議で米国が日本などからの輸入車に課す関税を当面は据え置くことを受け入れた。
貿易交渉は自由化が難しい産品の例外を認め合う場でもあるが、高水準の自由化を主張する米国自らが早々と例外扱いの道をこじ開けるようでは不条理に映る。日本は遅れて参加したカナダ、メキシコと同様に、他の交渉参加国から「合意済み条文の原則受け入れ」を迫られかねない。後ずさりせずコメの例外扱いなどを強く求めるべきだ。
自民党は昨年の衆院選で「(コメなどの)関税撤廃が前提なら交渉には参加しない」などの公約を掲げ政権を奪還した。首相のいう足元の約束がぐらつけば、日本が不利益を被ることになる。