中日新聞 2013年5月17日
職場のパワーハラスメントでうつ病を患い、労働災害を申請した女性から「会社側の意見を採用する審査方法が変わらなければ、意味がないのでは」との声が、本紙生活部に寄せられた。国は二〇一一年、審査の迅速化を目的に精神障害の新たな労災認定基準を定めた。だが、基準を分かりやすくしても審査方法が見直されなければ、被害者側の訴えが認められるまでの壁は依然、高いままだ。(福沢英里)
名古屋市内の四十代女性は契約社員として働いていた約三年前、仕事を妨害されるなど職場の先輩からパワハラを受けた。無視されたり、依頼した業務を断られたり、書類を捨てられたり。それらが重なり、うつ病を発症。昨年三月に解雇され、四月に労働基準監督署へ労災申請した。
だが、労基署でも愛知労働局の再審査でも認められなかった。労働局から届いた決定書は「個人的な感情の擦れ違いで、業務による心理的負荷とは認められない」との結論だった。決定書で初めて、いじめやパワハラを否定する会社側の言い分を知り、審査にその意見を採用していたことも分かった。
女性は「いじめやパワハラを隠そうとする会社に『いじめましたか』と聞いて、認める人も会社もないでしょう」と訴える。事実確認の方法も女性に聞いた後、会社に聞いただけで、「確認や検証がない」という。厚生労働省はやり方は適正と強調し、「場合に応じて申請者に再聴取することもある」という見解だ。
女性は発症後、自殺未遂をしたほか、自力で食事がとれなくなり、自立した生活が送れずに障害者二級の認定を受けるなど、症状が悪化。一一年の新基準で、「発病後も特に強い心理的負荷で悪化した場合は、労災対象とする」と拡大されたことを踏まえ、二月に国へ再審査を請求し、審査中だ。「いじめやパワハラをする側の意見がまかり通るのなら、子どものいじめと同じ。本人は悩んでも周囲は『そんなつもりはなかった』で終わってしまう」と話す。
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厚労省によると、都道府県労働局などの窓口に寄せられる「いじめ・嫌がらせ」に関する相談は年々増加。精神障害の労災申請件数も増え、一一年の見直しでは、審査の迅速化や効率化がうたわれた。同省は半年以内の決定を目指し、全審査に必要とした精神科医の合議による判定を判断が難しい場合に限った。ただ、女性のような「同僚とのトラブル」は、労災補償の支給件数が二件にとどまる。労基署窓口では「期限が決められ、処理に忙殺される」との声も聞かれ、審査の省力化や省略化への懸念もある。
職場のパワハラに詳しい東海労働弁護団事務局長の樽井直樹弁護士は「審査対象の拡大と事実認定のあり方は別」とした上で、「事実認定で労働者側が孤独に訴えても意見が十分認められず、会社側は何人もが分厚い壁となって反論する構造的な不均衡は否めない。今後はどういう配慮が必要なのか、申請者側の視点で見直す必要がある」と話した。
<精神障害の労災認定基準> うつ病など心の病による労災は、厚生労働省が1999年に作成した「心理的負荷評価表」を基に、労働基準監督署が発病前6カ月間に、職場で起きた出来事のストレスの強さを3段階で評価、判定してきた。2009年の基準見直しでは、最も強いストレスを受ける要因に「ひどい嫌がらせ、いじめ、または暴行を受けた」などのパワハラを追加。さらに11年、評価基準と審査方法を改善。分かりやすい評価表を定めたほか、評価期間や症状について審査対象も拡大された。