西日本新聞 2013年6月15日
仕事の内容や勤務地、労働時間などを限った「限定正社員」制度の普及が安倍晋三政権の成長戦略に盛り込まれた。2014年度中に賃金体系や人事評価のあり方など雇用ルールを整備するという。
価値観やライフスタイルの多様化に応じて、より柔軟で新しい労働市場を創出する。そんな狙い自体は理解できる。
だが、この制度を答申した政府の規制改革会議では、解雇条件を正社員よりも緩和することを目指すなど、産業界の視点からの論議が目立った。企業側に都合のよい「解雇しやすい正社員」の制度化にならないよう、注意が必要だ。
日本の労働法や判例で企業は、合理的理由がない限り正社員を解雇できない。企業社会で正社員は、この雇用保障と引き換えに転勤や残業などに従っている。
このため解雇が難しい正社員の採用は絞り込まれがちだ。パートや派遣社員など非正規労働者が全就業者の35%まで増え、待遇格差が広がっている。
限定正社員は、従来の「正社員」か「非正規」かという二者択一の就業コースの、いわば中間的な雇用形態になる。
すでに流通業界などでは、正社員でも転勤の有無などで職務を区分する「コース別人事」を実施している企業が少なくない。転勤や長時間勤務がない代わりに賃金水準は少し低くする運用が多い。
限定正社員は、こうしたコース別や職務限定型の人事制度を政府がルール化するものだ。労働者側にはメリットもあればデメリットも考えられる。
利点は、正社員に比べて多様で柔軟な働き方を後押しすることだ。子育てや介護との両立もしやすくなる可能性がある。非正規労働者が限定正社員に移行すれば、社会保険に加入するなど、より安定した処遇を得られることにもなる。
しかし、短所やリスクも見逃せない。
例えば地方の工場や事業所が縮小・閉鎖される場合だ。正社員に対して企業は、配置転換などで新たな仕事を確保しなければならない。だが、限定正社員であれば、企業はより簡単に解雇や一時帰休を実施できると想定される。
規制改革会議では、解雇紛争の金銭解決を検討するなど、労働者を解雇しやすくする制度づくりの論議が先行した。
限定正社員の論議も、より緩やかな解雇ルールの整備が主眼となっている。
これでは新たな雇用形態が正社員と非正規労働者の格差是正ではなく、正社員の限定正社員化による待遇引き下げに利用されはしないか。
確かに規制改革会議は、本人の同意がなければ正社員が限定正社員とされないよう提言している。当然の措置だが、その「同意」が企業による押し付けとならない歯止めが必要だ。
正社員と限定正社員の職務や待遇の違いを広く周知し、希望すれば両者を行き来できることも認めるべきだろう。
弱い立場の労働者を守る−。それが雇用ルールの基本であるべきだ。