日本労働弁護団 雇用規制改革に反対する決議

                    2013年6月27日

                         日本労働弁護団 幹事長 水口洋介

1 はじめに

  政府は、本年6月5日付規制改革会議の答申(以下、単に「答申」と言う。)を受け、同月14日、規制改革実施計画を閣議決定し、雇用分野では、?ジョブ型正社員の雇用ルールの整備、?企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制等労働時間法制の見直し、?有料職業紹介事業の規制改革、?労働者派遣制度の見直しに重点的に取り組むことを決定した。これらは、解雇の容易化を狙い、長時間過酷労働を促進し、不安定・低処遇の派遣労働を拡大させる労働規制の緩和を一挙に実現しようとするものである。日本労働弁護団は、労働者全体の雇用と暮らしを破壊するものとして、これに強く反対し、労働者と労働組合の権利擁護のために全力を挙げて阻止することをここに決意し表明するものである。

2 ジョブ型正社員の雇用ルールの整備について

答申は、ジョブ型正社員(職務、勤務地又は労働時間が限定されている正社員)について、「職務等に着目した『多様な正社員』モデルの普及・促進を図るため、労働条件の明示等、雇用管理上の留意点について取りまとめ、周知を図る」とする。その中味を見ると、規制改革会議雇用WGの報告(以下、単に「WG報告」と言う。)では、例えば、「勤務地・職務が消失した際の解雇については、無限定正社員と同様にいわゆる解雇権濫用法理(労働契約法16条参照、特に整理解雇四要件)が適用されることになる」として、表面上はあたかも従来の解雇規制を緩和するものではないとの印象を与える表現となっている。

しかしながら、真に現在の解雇規制を変更しないのであれば、現行法でも職務や勤務地、労働時間が限定された正社員は労使合意により十分に認められるのであるから、ジョブ型正社員についてわざわざ雇用ルールを立法等により整備する必要はない。にもかかわらず、政府がジョブ型正社員の雇用ルールの整備などといってその導入を図る真の狙いは、雇用WG座長である鶴光太郎氏が、限定正社員の解雇について「(正社員と)同じルールが適用されても、当然、結果は異なる可能性がある」と説明したとの報道からも明らかなとおり、職務や勤務地が消滅すれば容易に労働者を解雇できる解雇規制の緩和(特に整理解雇四要件の骨抜き)である。また、無限定正社員との間の均衡処遇も、正社員改革の第一歩としてジョブ型正社員を増やして、職務や勤務地の限定を口実にした労働条件の低下を企図するもので、既存の正社員の労働条件を切り下げることが狙いである。そして、WG報告は、ジョブ型正社員の導入により多様な雇用形態を作ることが有期雇用から無期雇用への転換をより容易にし、雇用の安定化を高めることにつながるとするが、有期雇用からジョブ型正社員に転換するための具体的方策もなければ、入口規制等も無く有期雇用を広範に使用できる現状では、ジョブ型正社員の導入によっても有期雇用から無期雇用への転換がより容易に進むとも考えがたい。

さらに、雇用WGは、欧州では職務・勤務地の消滅により労働契約も終了するとの実態が存在するとして、解雇規制緩和の正当化を図ろうとしているが、欧州のジョブ型正社員であっても、職務や勤務地が消滅する場合であっても、配転先を労働者に提案し、その提案を労働者が断った場合に初めて解雇の可能性が開かれるなど、解雇の要件は厳格である。職務や勤務地が消滅すれば直ちに解雇できるのが欧州の実態であるかのような主張は完全に誤っている。

また、WG報告は、限定された勤務地・職務が消失した場合の裁判例の分析として、整理解雇四要件における配転可能性や人選の合理性は状況によっては必要とならないとしている。しかし、過去の裁判例の大勢は、整理解雇においては四要件(要素)、特に解雇回避努力義務は必要としており、状況によっては配転可能性の検討が必要とならないポイントとして整理することは、裁判例の分析としてはミスリーディングである。

そして、WG報告は、行政機関の発する解釈通達等によってジョブ型正社員の解雇ルールの指針を策定し、事実上、裁判所の判断に影響を与えようとしているが、法令の解釈適用は裁判所の専権であるから、行政通達(行政解釈)によって司法権の法解釈を制約することは法令上あり得ないことである。また、立法でジョブ型正社員の解雇ルールを作り、解雇規制緩和を図ることは個別事案を踏まえ半世紀にわたって形成され立法化された解雇権濫用法理を後退させ、雇用の安定を破壊するものであり到底許されない。

このように政府の検討するジョブ型正社員は、欧州の実態や過去の我が国の裁判例を歪めて解雇規制の緩和を図ろうとするものであり、労働者の雇用不安定と労働条件の低下を招き、格差の是正どころか新たな格差を産み出すだけである。我々は、このような労働者を低処遇とし、使用者が労働者を使い捨てにできる「ジョブ型正社員の雇用ルールの整備」 に強く反対する。

のみならず、WG報告では、ジョブ型正社員の議論の前提として、日本の正社員が職務、勤務地、労働時間(残業)が特定されていない無限定正社員であり、不本意な転勤や長時間労働を受け入れ、家族とワークライフバランスを犠牲にしなければならないかのように描いている。しかしながら、このような前提を受け入れれることになれば、あたかも(無限定)正社員はワークライフバランス等を享受する権利はなく、会社の命令のまま過酷な労働を強いられることを是認する結果となりかねない。我々は、正社員であってもワークライフバランスが実現されるのが労働法の要請であることを強く指摘しなければならない。もし、「正社員改革」を言うのであれば、無限定正社員こそ、その長時間残業を規制し、ワークライフバランスを実現することこそが求められている。

3 労働時間法制の見直しについて

答申は、多様で柔軟な働き方の実現のために「企画業務型裁量労働制やフレックスタイム制を始め、時間外労働の補償の在り方、労働時間規制に関する各種適用除外と裁量労働制の整理統合等労働時間規制全般の見直しが重要な課題」として、ワークライフバランスや生産性向上の観点から労働時間法制について労政審で総合的に検討するとしている。

これらは、かつてホワイトカラーエグゼンプションとして市民の猛反発にあい葬り去られたものが、裁量労働制の適用対象の拡大や労働時間規制の適用除外の拡大といった形に変えて労働時間規制緩和を狙うものであり、使用者が労働者に対し無制限に労働に従事させる危険を孕んだものである。これらの労働時間規制緩和は、多様で柔軟な働き方やワークライフバランスを実現するどころか、労働者を長時間・過酷労働に追い込む「過労死促進法」となるだけである。

答申は、企業における実態調査・分析に基づき労政審で検討するとするが、企業側の実態調査だけではなく、労働者の実態調査こそが必要不可欠である。即ち、過労死など、脳・心臓疾患の労災認定件数はここ2年連続で増加し338件、精神障害の労災認定件数は475件で過去最多(厚労省の平成24年度「脳・心臓疾患と精神障害の労災補償状況」)となり、また、サービス残業や過労死に至るような過酷な長時間労働など、法律が守られず労働者の健康と命が蝕まれている実態が蔓延している現状を見れば、労働時間規制緩和が時代に逆行した措置であることは明らかである。我々は、このような現実を政府が直視して、労働者が真にワークライフバランスを実現できる労働時間規制を強化する政策(実労働時間の上限の法定、所定外・休日労働の事由の規制、延長時間の上限の法定、ワークシェアリング等)を実行することを強く求めていく。

4 有料職業紹介事業の規制改革について

答申は、民間人材ビジネスの活用によるマッチング機能強化の観点から、当面、求職者からの職業紹介手数料徴収が可能な職業の拡大について検討するとし、WG報告は更に、有料職業紹介事業の参入規制の見直し、求職者からの手数料徴収規制の見直し、バウチャー制度の導入についても検討するとする。

しかしながら、求職者からの手数料徴収の拡大は、我が国が批准するILO第181号条約中に規定する労働者からの費用徴収の原則禁止に悖るものであるし、職業紹介事業を失業者が平等に利用する機会を奪い格差を拡大させるものである。また、有料職業紹介事業の参入規制の緩和は、不適正な事業者の参入を招き労働者の再就職に多大な不利益を与えるおそれがある。職業紹介ビジネスを拡大したいが故に労働者が犠牲に晒されるようなことは断じてあってはならない。

5 労働者派遣制度の見直しについて

答申は、派遣法の根幹である常用代替防止を見直すとして、派遣期間の在り方(専門26業務の該当性の有無により派遣期間が異なる現行制度)等について労政審で検討し、今年中にも結論を出すとしている。

我が国において労働者派遣は労働者供給事業に該当するとして戦後長年禁止されてきた。これは、使用と雇用の分離により労働者の権利主張が困難となり、また、派遣労働が雇用不安定や労働条件の低下を招くからである。1985年に我が国の労働者派遣は解禁され、その後規制は緩和されてきたが、常用代替防止の理念の下に、派遣対象業務や派遣可能期間の制限が付されてきた。即ち、派遣はあくまで臨時的一時的業務についての例外的雇用形態であり、雇用の大原則は直接雇用にある。にもかかわらず、この常用代替防止という派遣法の根幹の理念を取り払うことになれば、正規が派遣労働者に置き換えられ、間接雇用の非正規の拡大が一挙に進むことが大きく懸念される。特に、業務に応じて派遣期間の上限を設定する規制手法を、人を単位とした規制手法に転換するとするWG報告では、派遣労働者さえ入れ替えれば派遣先企業は労働者派遣を永続的に使用し続けることが可能となり、まさに派遣労働の常用代替がなされることになる。政府は、正規・非正規の二極化是正を挙げながら、非正規の増大を促進しようとしており、政策として矛盾している。WG報告は、他の非正規雇用については他の手法で「不安定雇用」対策が講じられており、派遣だけ「常用代替防止」の観点から規制するのは政策の一貫性を欠くとする。

しかしながら、本来、有期雇用にせよ、パートにせよ、非正規雇用は臨時的一時的業務であるからこそ必要とされ、そうでない業務は無期直接雇用が大原則である。よって、有期労働契約に入口規制を設けるなど、他の非正規雇用について「常用代替防止」の観点から規制を設けるべきが本来であり、派遣労働のみ常用代替防止から規制するのが政策の一貫性を欠くから、その常用代替防止を取り払うなど、全くもって逆方向の議論である。

我が国の派遣法は、長く続いてきた派遣規制緩和のひずみが違法派遣や日雇い派遣を中心として社会問題化し、リーマンショックの派遣切りなども受けて、ようやく派遣規制を強化する正しい方向へと向かい始めたところであった。それにもかかわらず、先の派遣法改正から2年も経たない内に派遣規制緩和の方向に舵を切ることは、派遣労働者を含め労働者全体の雇用不安定と処遇低下をもたらすもので到底容認することはできない。我々は、常用代替防止の見直しなど派遣労働の規制緩和は絶対に許さず、この様な動きに対しては断固として闘っていくことを表明する。

6 解雇の金銭解決制度について

  答申は、規制改革の目的として、正規・非正規の二極化構造の是正やワークライフバランスなどを挙げ、規制改革が一見労働者の利益にも資するかのように主張している。また、規制改革会議で当初議論されていた解雇の金銭解決制度についても、「諸外国の制度状況、関係各層の意見など様々な視点を踏まえながら、丁寧に検討を行っていく必要がある」などと、参議院選挙を意識して市民の反発を招かないように控えめな表現としている。

しかしながら、規制改革会議の太田議長代理が、秋にも解雇の金銭解決の議論を始めるべきだと述べているとおり、解雇の金銭解決制度を始めとした解雇規制緩和や労働時間規制緩和など労働者に犠牲を強いる経済界の意向を受けた政策を参議院選挙後に実行に移そうとするのが政府の真意であることは明らかである。

解雇が無効であった場合に労働者の意思に反しても使用者の意思により労働契約関係を解消できる解雇の金銭解決制度は、「金で解雇を買う制度」であり、この様な制度が導入されれば、解雇権濫用法理を立法化した労働契約法の解雇規制の空洞化をもたらすことは当弁護団が再三述べてきたとおりである。我々は、解雇の金銭解決制度についても、その導入には強く反対し、導入の阻止に向けて今後も全力を尽くすものである。

7 労働者が安心して働くことのできる雇用改革を

我々日本労働弁護団は、2013年4月23日付で「労働規制の緩和に反対し、人間らしい生活と労働条件の実現を求める意見書」を公表した。この意見書でも述べたとおり、日本労働弁護団は、市民の多くを占める労働者及びその家族の雇用と暮らしを破壊する労働規制緩和に強く反対する。そして、今我が国に求められている、不安定雇用や過酷な長時間労働の撲滅・是正、労使の労働条件を実質的にみて対等に決定できる仕組みの構築、ブラック企業と言われるような労働関係法規を遵守しない使用者に法の遵守を徹底的にさせる仕組みの構築、更には、労働法を市民社会に浸透させるための労働者教育を推進する施策の構築、これら施策の構築のための議論を行い、人間らしい生活と労働条件の実現がなされるべきことを強く求め、そのために全力で行動していくことを表明するものである。

以 上

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