毎日社説 賃上げの原資 税制へのコスト転嫁だ

毎日新聞 2013年11月25日

 経団連が加盟企業に、来春闘で賃上げに努めるよう求めることを明らかにした。勤労者に安心を届ける第一歩ではあるが、原資の一部は税金頼みだ。「経済の主役は民間」に実質を伴わせてほしい。

 勤労者の所得増でデフレから抜け出す−。その実現に向けて協議を進めている政府と経済界、労働界の政労使会議で、経団連の宮原耕治副会長が約千三百社の加盟企業に、賃上げをはじめ、投資や研究開発に努めるよう呼びかける書面を提示した。

 会長の米倉弘昌氏も、来春の賃金交渉について「雇用もよい状況になり、賃金上昇はほぼ確実」と前向きに語っている。九月中間決算で好業績の企業が相次いだことが背景だ。しかし、額面通りに受け取るわけにはいかない。

 十月に政府がまとめた「民間投資活性化等のための税制改正大綱」に、復興特別法人税の廃止が賃金上昇につながる見通しを確認したうえで、十二月中に結論を得るとの方針が明記された。

 法人税額に10%上乗せしている東日本大震災の復興特別法人税を一年前倒しで二〇一三年度末に廃止する税制の見直しであり、企業の負担は九千億円ほど軽くなる。税金をおまけするので、軽減分を賃上げにという筋書きだ。

 企業にはコストを外部に転嫁する習癖が染みついている。かつては工場の汚染水などを垂れ流し、河川を浄化する費用を国などに負担させてきた歴史がある。

 「収益が賃金引き上げに回れば消費拡大につながり、経済が好循環していく」との安倍政権の脱デフレ政策を逆手に取り、賃上げの原資の一部をも国民の税金で賄おうというシナリオにさえ映る。

 経営者の多くは、折々に「経済の主役は民間」と力説する。確かに国際競争力のある企業が多ければ経済規模は膨らむが、日本では電機業界が象徴するように技術革新の遅れで売れ筋商品を生み出せず、賃金を削り込んで生き残ろうとしているのが現実だ。

 それを支えているのが賃金を極端に抑え込む派遣労働などであり、そうした経営モデルや拙劣な製品開発を根っこから改めないと、賃金上昇は一時的にとどまってしまい、持続的に好転していくとは考えにくい。

 一千万人を超えた年収二百万円以下の超低所得層などを対象に、いかに安心、安全な生活環境を提供するか。それこそが「経済の主役は民間」を唱える経営者の自負であり、倫理というものだ。

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