朝日新聞 2013年12月12日
もしも疑惑を追及する側にいたら、こんな言い訳は本人自身が許さないはずだろう。
これ以上の説明ができないなら、猪瀬直樹東京都知事は自ら進退を考えるべきだ。
4日間にわたる都議会での弁明を聞いても疑念は晴れない。苦しい釈明を変転させる姿は、もの悲しくさえ映る。
医療法人徳洲会の徳田虎雄・前理事長に立候補のあいさつをし、何日かして次男の毅衆院議員と会食した。ほどなく、現金5千万円が用立てられた。
それは生活資金として個人的に借りたものだ。知事はそう繰り返している。だが、選挙の支援者からカネを借りれば、それは選挙資金ではないのか。
初対面の人に、何の見返りも期待せずに無利子・無担保・無期限でカネを貸す人はまずいない。政治家が落選したあとに必要になるカネを、落選前に善意だけで渡す人もいない。
それを「僕も親切な人だと思った」などと答弁する姿は、茶番劇というほかない。こんな形で言い逃れを続けるのは本人も不本意だろう。
借りた後の処理も疑問だ。やましいカネでないなら、初めから資産の報告書に記せばいい。わざわざ貸金庫を借りなくとも銀行口座を使えばよい。
同じころに虎雄氏と会って、300万円を借りた阿部知子衆院議員の事務所は「実際は選挙には使わなかった」としたうえで、選挙や政治活動の資金として借りたと認めている。これに比べ知事の説明は不自然だ。
知事は副知事時代、高齢者のケアつき住宅や、周産期医療の検討チームを束ねていた。徳洲会は病院のほかに福祉施設を営み、都の補助金も受けている。
たとえ私的にであれ、役所と利害関係のある業者とカネをやり取りすればどう見られるか。ノンフィクション作家として数々の利権を追及してきた知事にわからないはずがない。
都には利害関係のある業者からの借金を禁じる規定がある。実際に、過去には工事業者から無利子で99万円を借りた職員が懲戒免職になっている。
知事の「借金」はこれとは桁違いだ。職責もはるかに重い。十分辞任に値する。
これから年明けにかけ、都政では来年度の予算編成があり、東京五輪をめぐっては組織委員会の設立が控えている。
いまの知事に議会の信頼を取り戻し、職員を束ね、都政を円滑に進める力は期待できない。カネの疑惑を抱えたまま、世界の祭典である五輪の顔として振る舞えるはずもない。