西日本新聞 2014年06月17日
働き手への配慮に乏しいのではないか。安倍晋三政権が、労働時間に関係なく成果で賃金を払う制度の新設を打ち出したことだ。
産業界の意向に沿った新制度だろうが、残業代ゼロの長時間労働を助長しかねない。労働者保護の視点から、厳格な運用や行政による監視の徹底が必要である。
労働基準法は労働時間の上限を「1日8時間、週40時間」などと定め、一部の管理職を除く従業員には、残業代や休日勤務への割増賃金の支払いを義務付けている。
新制度は、この規制を適用しない対象の拡大が狙いだ。関係閣僚は「少なくとも年収1千万円以上」「高度な職業能力を有する労働者」とすることで合意した。
社会の変化に伴って労働環境が多様化する中、雇用の柔軟性を高めること自体に異論はない。だが労働者は疑問や不安を拭えまい。
今回の合意は労働時間の上限設定に言及せず対象職種も曖昧だ。立場の弱い労働者が、意に沿わない適用除外に反対するのは難しいだろう。当初は高額所得者に限るものの、将来的にはなし崩し的に一般労働者へ広がる恐れもある。
労働時間の規制は、長時間の働き過ぎを防いで労働者の健康を守る大切な制度である。緩和するならば慎重を期さねばならない。
政府の労働規制緩和はこれにとどまらない。派遣労働の長期間継続を可能にする派遣制度見直しや、労働時間にかかわらず一定賃金しか支払わない裁量労働制の拡大なども実施を検討している。
いずれも、労働者保護に逆行する危うさをはらんでいる。
それでなくても日本の労働現場には課題が多い。平均労働時間は欧米諸国より長い。残業代を支払わないサービス残業の横行が指摘され、労働者の過労死や心身疾患の訴えが後を絶たない。低賃金の非正規労働者も増え続けている。
今優先すべき労働政策は、労働時間などの規制緩和ではあるまい。まずは違法な長時間労働やサービス残業を一掃し、労働者の休暇取得を促進させ、非正規労働者の待遇改善に努めることである。