東京社説 残業代ゼロ案 アリの一穴が狙いでは

東京新聞 2014年5月31日

 政府が成長戦略への明記を決めた労働時間の規制緩和は、本当に専門職などに限定されるのか。派遣労働がそうであったように、結局はなし崩し的に働く人の多くに広がる懸念を禁じ得ない。

 働く人にとって最も大切な労働時間の制度変更を、労働界の代表が入っていない産業競争力会議で決めてしまう。いわば「働かせる側の論理だけ」という乱暴極まりない手法である。成果によって報酬が決まる新たな労働時間制度はあっさり導入が固まった。

 具体的な制度は今後、厚生労働省の労働政策審議会で詰めることになるとはいえ、早くも対象を「高度な専門職」などと限定する案に対し、財界や経済閣僚から「一握りでは効果がない」と異論が出ている。人件費削減のために一般社員などへ、できるだけ対象を広げようとの思惑が透けて見えるようである。

 少子高齢化の進展で生産年齢人口(十五〜六十四歳)が減り、一人当たりの生産性向上が課題となるのは否定しない。効率的な働き方、長時間労働の是正が実現するのであれば歓迎する。しかし、この労働時間規制の適用除外とするホワイトカラー・エグゼンプションは、第一次安倍政権の二〇〇七年に世論の猛反対で頓挫したように、残業代ゼロのいわゆるサービス残業を合法化し、長時間労働を常態化させかねないものだ。

 労働時間でなく成果で評価されるようになれば、従業員は成果が出るまで働き続けなければならない。企業は労働時間を気にしなくてよいから従業員が疲弊していようが成果を求め続ける。毎年百件以上の過労死が社会問題化する中、時代に逆行し、そればかりか残業の概念がなくなれば過労死の労災認定そのものが困難になる。

 首相は「希望しない人には適用しない」「働き方の選択によって賃金が減らないようにする」と明言したが、従業員の立場が会社に対して極端に弱いことすら理解していないのか。首相の言うことが通用するなら、これほどまでに過労死も過重労働も起きていないに違いない。ブラック企業すら存在しないであろう。

 働く人を守る労働法制が首相や財界の意向で都合よく変更されてよいはずがない。限定論や美辞に惑わされ、なし崩し的に広まりかねない。派遣労働が典型だ。「働き方の多様化」「柔軟な労働形態」などの名目で緩和され、今や働き手の四割近くが非正規雇用だ。同じ轍(てつ)を踏んではならない。

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