東京新聞 2014年11月22日
「安倍政治」を問う機会である。経済政策は重要な争点の一つだが、それだけではない。私たち自身で争点を定め、各党・候補者の訴えを見極めたい。
衆院が解散され、総選挙は十二月二日公示、十四日投開票に向けて事実上の選挙戦に入った。
二〇一二年十二月に再び就任した安倍晋三首相にとって、〇七年と昨年の参院選に続く三度目の国政選挙。衆院の「解散権」行使は第一次内閣を含めて初めてだ。
首相は解散表明にあたり、一五年十月に予定されていた消費税率10%への再増税を先送りし、重要な変更について国民の信を問うのは当然だと強調した。
◆解散、6割理解できぬ
議会制度の歴史を振り返れば、課税の判断は、国民に決定を委ねるべきであることは当然だ。
しかし、今回は増税でなく増税先送りの決断だ。景気動向次第で増税の可否を判断する旨は法律にも盛り込まれている。国民に是か非かを問う切迫性は乏しい。
今月十九、二十両日に行われた共同通信社の全国電話世論調査によると首相の解散表明を「理解できる」と答えた人は30%にとどまり、六割を超える人が「理解できない」と答えた。
首相の狙いが別のところにあると、国民に見透かされているのではないか。
同じ世論調査では再増税先送りに65%の人が賛成している。
国民の賛同が得やすい政策課題を争点に設定して政権を維持できる議席を得れば、集団的自衛権の行使容認や特定秘密保護法、原発再稼働など国民の多数が反対する政策も同時に賛同を得たと主張できる−。政権側がそう考えているとしたら、狡知(こうち)が過ぎる。
それを疑わせるのは、菅義偉官房長官が十九日の記者会見で「何を問うか問わないかは、政権が決める」と発言しているからだ。
◆政権の業績評価投票
集団的自衛権の行使容認は、歴代内閣が堅持してきた政府の憲法解釈を変える重大な政策変更だったが、安倍内閣が国民に是非を問うことはなかった。
「さまざまな選挙で公約していた。(信を問う)必要はなかった」「現行の憲法解釈の範囲内ということに尽きる」との説明だ。
安倍内閣は昨年、選挙公約になかった特定秘密保護法の成立を強行したが、菅氏は「いちいち一つ一つについて信を問うということじゃないと思う」と突っぱねた。
国民に信を問うべき政策課題では問おうとせず、問う必要のないことを、政権維持・強化の思惑から問おうとする。衆院解散は「首相の大権」だとしても、あまりにもご都合主義ではないのか。
私たち有権者が、そんな政府の言い分に惑わされる必要はない。
衆院選は政権与党には業績評価投票だ。安倍内閣の二年間の政策を冷静に振り返り、野党の公約と比較し、より信頼できる政党・候補者に貴重な一票を投じたい。
首相は二十一日の会見で、今回の衆院選を「アベノミクス解散」と自ら名付けた。よほど自らの経済政策に自信があるのだろう。
ただ、首相は消費税増税が景気の足を引っ張ったと主張しているが、実質賃金は増税前から減少が続く。一方、大企業や富裕層はより豊かになり、その恩恵は国民全体への広がりを欠く。
原材料価格や建設労働者賃金の高騰が震災復興の足を引っ張っているが、首相は言及しない。アベノミクスは誤りだったとの野党の主張にも一定の説得力はある。
成長至上主義の経済政策を継続するのか否か、投票先を決める判断材料だ。
「勝敗ライン」にも注視する。
首相は「自民、公明両党の連立与党で過半数を維持できなければ退陣する」と大見えを切った。
解散時の議席は自民党二百九十五、公明党三十一、今回の衆院選での過半数は二百三十八議席だ。
首相の計算では、公明党は現状維持と仮定して、自民党が八十八議席減らしても勝利と言えることになる。もちろん半数を超えるか否かは政権維持の分水嶺(ぶんすいれい)だが、比較的高い内閣支持率からは、あまりにも低い設定だ。
議席を増やしたのならともかく減らしても「勝利」と言い張り、国民の多数が反対する政策まで強行されたら、たまらない。
◆岐路に立つ危機感を
来年一月召集予定の通常国会には、集団的自衛権の行使容認を受けた関連法案が提出され、選挙期間中の十二月十日には特定秘密保護法が施行される。原発再稼働に向けた手続きも着々と進む。
既成事実化を止めるには、有権者が意思をはっきり示す必要がある。そのためには公約を比較・検討し、投票所に足を運ぶ労を惜しんではならない。日本は今、岐路に立つ。私たち有権者はまず、その危機感を共有したい。