政府が音頭を取る朝型勤務は居残り+早出の残業奨励運動?

                                                                          松浦 章

政府は「ゆう活」(ゆうやけ時間活動推進)と称する「朝型勤務」の推進を企業や自治体に呼びかけています。その趣旨は、「働き方改革の一環として、明るい時間が長い夏の間は、朝早くから働き始め、夕方には家族などと過ごせるよう、夏の生活スタイルを変革する」(厚生労働省ホームページ)というものです。

私のかかわる損害保険業界でも、最大手の損保ジャパン日本興亜が、夏季クールビズの実施期間(7月1日〜10月31日)に合わせ、2万7000人の社員を対象に「朝型勤務」を推奨しています。「大手金融機関による朝型勤務の本格実施は、同社が初めて」(産経6月7日)といいます。

損保ジャパン日本興亜は、その目的について、「午後7時までに退社することを前提に出社時間を午前8時前にするなど、夜型の残業体質から朝型の勤務にシフトすることにより、心身の健康を確保するとともに効率的な働き方を実践することを目的として実施するものです」と述べています。たしかに、同社自身が認めているように、長時間労働が蔓延する労働実態を考えると、社員の「心身の健康を確保する」という趣旨に異論はありません。しかし、単純に「朝型の勤務にシフトする」ことではたして長時間労働がなくなるのでしょうか。

同社のある中堅社員は、朝7時に出社し、可能な限り午後7時前には退社しているといいます。彼は、午後7時前の退社にこだわる理由について、「もし朝7時から午後7時まで勤務すれば1日の半分会社にいたことになる。それだけは避けたいんです」といいました。聞いてなるほどと思いました。同社は、さらっと「午後7時までに退社することを前提に」と述べていますが、通常勤務での定時は5時ですから、それが「朝型勤務」になれば、退社時間は本来(建前であったとしても)その前の午後4時や3時でなければなりません。それが午後7時だというのですから、これでは長時間労働の解消にはつながらないことになります。

彼には「企画業務型裁量労働制」が適用されていますから、定額のみなし労働時間手当は支払われるものの、労働時間に見合った賃金が支払われるわけではありません。同社では、本来裁量労働制の対象外であるはずの営業や保険金サービス(損害調査)の業務も含め、6374名に「企画業務型裁量労働制」が適用されています(2014年9月末現在、同社資料から)。そこに、2172名の「事業場外労働制」適用者、約3000名と考えられる「管理監督者」を加えると、かなりの労働者が残業料支払いの対象外となっています。もはや相対的に高賃金の労働者には「残業」という概念はないのです。

同社の「2015年度ワークスタイルイノベーションの取り組み」という通達では、「朝型勤務」の実施にあたって、「一人ひとりが時間当たりの生産性を高めることを意識し、時間を最大限に有効活用できる働き方への変革に取り組んでください」と指示しています。そうでなければ「『企業価値の継続的な向上』を実現することは困難です」ともいっています。どうやらこれこそが真の目的のようです。

損保ジャパン日本興亜は、昨年9月に合併し日本で最大の損保会社となりましたが、この間3回にわたって希望退職者の募集を行ってきました。「やめろ」とは絶対いいません。ただ、「この会社であなたの働いてもらうところはありません」というのです。これほど、長年働いてきた従業員の誇りを奪う言葉はありません。同社は3年間で4,700人の人員削減を予定しています。

いうまでもなく、長時間労働の原因は過大な仕事量と慢性的な人員不足です。そこにメスを入れないばかりか、さらなる効率化と生産性向上をもくろむものである以上、「朝型勤務」がもたらすものは、早朝から深夜までの際限なき長時間労働ではないでしょうか。なにしろ、残業可能時間はたっぷりあるのです。

今から129年前、1886年5月1日に、シカゴを中心に8時間労働制要求の統一ストライキが行われました(いわゆる第1回メーデー)。その際のスローガンは、「第1の8時間は仕事のために、第2の8時間は休息のために、そして残りの8時間は、おれたちの好きなことのために」でした。それから考えると、1日の半分の時間が会社生活となりかねない損保の「ゆう活」とは、なんと前近代的な「国民運動」(厚労省)なのでしょう。

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