損保業界大手の三井住友海上「働き方改革」法案成立を見越して「三六協定」上限引き上げ

                                  兵庫県立大学  客員研究員
                                大阪損保革新懇  世話人   松浦 章
 
 損保大手の三井住友海上が、「三六協定」年間限度時間をそれまでの350時間から540時間に引き上げました(いずれも特別条項適用の場合)。
これは、現在国会で審議されている「働き方改革」法案で、過労死ラインを超える「上限規制」が設けられることを前提に、早くもその先取りが行われたものと考えられます。
社会的使命を果たすため?
同社は、「36協定と目標限度時間」と題した通達(2018年4月)において、限度時間まで引き上げられる〈特別な事由〉として、「広域災害(台風、地震等)の対応、大規模クレームの対応、決算など」を挙げています。また実施に先立っての労働組合への提案でも「近年、自然災害が年に複数回発生することも多く、この場合、現行の特別条項の年間限度時間に到達し、被災されたお客さまに迅速に保険金をお支払いするという当社の社会的使命が果たせなくなる懸念がある」などと述べています。
「社会的使命を果たすため」と言えば聞こえがよいのですが、なぜこの時期なのでしょうか。同社の「働き方改革」方針を見る限り、とてもそれを真に受けることはできません。
「働き方改革」の目的は「生産性向上」
三井住友海上は、働き方改革の実践課題として、2017年4月から退社時間を遅くとも原則19時とすることをルール化していますが、同社大阪の労使協議では以下のやり取りがなされています(アンダーライン等原文のまま)。
〈労組〉
「一部の職場では『19時退社』のみのイメージが先行して認識されており、『働き方改革』の先にある『目的』や『ビジョン』を理解しないまま取組が進められています」「『働き方改革』を全ての組合員・社員が前向きに取組むためには、マネジメント層の意識改革と適切な旗振りが極めて重要であり、『働き方改革』の趣旨・目的の正しい理解と適切な職場運営に向けたマネジメント層の継続的な教育・指導をお願いします」
〈会社〉
「『19時退社』ではなく、生産性を高めることが『働き方改革』の目的であることをまず理解してほしい。効率的に働き、品質を向上させ、お客さま対応をしっかり行い、予算達成し、19時退社を実現させることが目標である。マネジメントの意識改革が重要であり、しっかりと指導していく」 (三井住友海上労働組合「大阪分会ニュース」)
「働き方改革」の目的は、早く帰ることではなく「生産性向上」だ、それをもっと職場に徹底し理解させなければならない、と労使で確認し合っているのです。なお、同社は19時までの退社を働き方改革の目玉としており、19時以降残業を行う場合は課長を飛び越して部長の承認を必要とするほどの徹底ぶりです。マスメディアもこの政策には注目していますが、一方で早朝6時台の出勤が相次いでいることは全く報じられていません。仕事量は減っていないのですから、そのしわ寄せがどこに行くかは当然予想されることです。
まず「生産性向上」という同社の考え方からすれば、「働き方改革」法案で過労死ラインを超える上限規制が設定されることは、渡りに船となったに違いありません。
 
東京新聞、参議院厚生労働委員会で取り上げ
現に、「三六協定」上限引き上げの会社提案について、三井住友海上労組は「会社提案は現在審議中の労働基準法改正案(時間外労働の上限規制720時間)よりも短く、組合員・社員の健康に一定配慮した水準であることから、理解できなくはありません」と述べています(『Message』職場会資料版、2018-2)。
「三六協定」上限引き上げの恐れは、今回の月100時間、年間720時間未満という上限規制が法案に盛り込まれたときから危惧されていたことです。
この問題は、東京新聞が6月19日付夕刊で「働き方改革 引き上げ懸念」と大きく取り上げ、「むしろ、法の範囲内で上限残業時間を引き上げる企業が増えないか懸念されている」と述べています。同紙面で、森岡孝二・関西大学名誉教授も「懸念が現実となった。法改正に呼応して、三井住友海上のように残業の上限規制を引き上げる企業が出てくる可能性がある。今後、危惧される先例だ」ときびしく指摘しています(東京新聞の記事はこのホームページの「トピックス」覧に掲載)。
また同日の参議院厚生労働委員会では、共産党の倉林明子議員が「法改正前からすでに引き上げが始まっている。きわめて危険だ」と厚労省を追及しました。
本来、長時間労働をなくすはずの法案が、逆に過労死を助長しかねない。それがすでに大企業で現実のものになっている。その典型といえるのではないでしょうか。「働き方改革」の目的が「生産性向上」である以上、労働条件の改善どころか、さらなる長時間労働・サービス残業と過労死の「法認」に道を開くものと言わざるをえません。

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