天笠崇医師 労働関連自殺は本当に増えているのか? (後篇) (5/31)

2019.05.31 Working Life and Mental Health
働き方改革でなにが変わる? 精神科医・天笠崇が考える「労働とメンタルヘルス」(後篇)
 
代々木病院精神科内に「労働精神科外来」を開設した天笠崇医師に、労働者の精神疾患、うつ病の対策について話を聞いた。その後篇をお届けする。
 
文・杉本航平 写真・長尾大吾 イラスト・Getty Images 編集・横山芙美(GQ)
働き方改革でなにが変わる? 精神科医・天笠崇が考える「労働とメンタルヘルス」(後篇)
 
【前篇を読む】
 
うつの危険を感じたときには
 
──働くなかでうつになるのを防ぐためにはどうしたらよいでしょうか。
 
天笠:危険を感じたら辞めて逃げる。それに尽きると思います。辞めないといけないほどでなければ休職する。社会保険料が支払われていれば、傷病手当給付制度が使えます。ただ、“ブラック企業”と呼ばれるような会社だと休職保証期間が短かったり、そうでなくても復職しにくかったりで、結局、辞めるしか選択肢がない場合もあります。もちろん労働局や労基署、個人加盟の労働組合に相談するのもひとつの手段ですが、果たしてそのような状況でその選択肢を採ることができるか、難しいところだと思います。
 
ここで大事なのは、「逃げる」時にこれから利用できる機関や制度を把握しているか、ということ。知っていると知らないとでは、先の不安も大きく異なります。
 
──うつ病に罹ってしまったと感じたら、まずは精神科にかかるべきなのでしょうか?
 
天笠:来院する人たちのなかには、友だちやパートナーに相談して、うつだと気づいたという人が多くいます。基本的なことですが、困ったらまず誰かに相談するのがいちばん。その意味でも、まずは精神科を受診することをオススメします。
 
ところが、とくに東京都内だと、一部のクリニックを除いてどこの精神科でも待たされてしまうという問題があります。もちろんすぐに診療ができたらいいけれど、正確な診断を下すためには最低でも30分は必要なので、予約がすぐに埋まってしまうんです。
 
そんな時はどうしたらいいか。とにもかくにも危険な場所から逃れるためには、例えば内科などで診断書をもらう方法があります。うつ病になるとなんらかの身体症状が出ている可能性が高いので、それに応じた科を受診しましょう。仮に休職や退職が視野に入っていなくても、自分の労働実態を説明し「残業をさせてはいけない」という趣旨の診断書を書いてほしいと依頼するのもいいかもしれません。
 
──一方で、自分がうつ病であるとはっきりと認識できておらず、悩みながらも働きつづけている方がいますよね。
 
天笠:いま、産業医や保健師が短時間でうつ病をスクリーニングできるように開発されたBSID(うつ病の簡便な構造化面接法、註1参照)という面接方法があります。このテストでは、うつ病の診断基準である「DSM-5」をもとに、質問項目が作成されています。
 
「自分はうつなのかわからない」とモヤモヤして悩んでいる場合、そのなかの「?2週間以上、毎日のように、ほとんど1日中憂うつであったり沈んだ気持ちでいるか」「?2週間以上、ほとんどのことの興味がなくなっていたり、大抵いつもなら楽しめていたことが楽しめなくなっていたか」というふたつの項目に、自身の状況を照らしあわせてみるのがよいと思います。両方当てはまっていれば、精神疾患に罹っているか、罹りそうな状態であるといえるでしょう。
 
(註1)
BSIDの質問項目は、厚生労働省が発表している「長時間労働者、高ストレス者の面接指導に関する報告書・意見書作成マニュアル」に記載がある。
 
労災請求と「早すぎた復職」
 
──先ほどの「利用できる機関や制度」というお話にも関係してきますが、会社に所属しながら労災請求をする場合、「会社から何か言われたらどうしよう」と行動に移せない人も多いと思います。
 
天笠:まずは自分を代弁してくれる人を傍につけることです。いちばん良いのは弁護士を雇うことですが、お金がかかりますよね。それができない場合は、もちろん労働局や労基署、労働組合でも相談に乗ってくれますし、私が理事長をやっている「働くもののいのちと健康を守る東京センター(いの健)」や「社会医学研究センター」の相談窓口を紹介することも多いです。「いの健」は会員になる必要がありますが、どちらも無料で相談ができます。
 
──例えば焦って転職したら再びブラック企業だったというケースもあり得ますよね。そうした負の連鎖に陥らないようにするためにはどうしたらよいでしょうか。
 
天笠:復職までの道のりはさまざまですが、共通して言えることは、安心して休むためにはお金が必要になるということです。それをどのように工面するかが問題なのですが、まずは傷病手当給付や失業給付が受給できるかどうか。それでも立ちゆかない場合は生活保護を受けることになります。しかし、ひとりで生活保護の申請を行うのは難しいので、例えば「生活と健康を守る会」などの団体に相談して、代理人や一緒に行ってくれる人を探すのがよいと思います。
 
最近は、親や家族に頼りたくないという人も多いんです。親との関係性の問題もあるけれど、中流層が減少し低所得者層が急増している経済状況のなかで、親世代も決して裕福ではなくなってしまったからでしょう。そして、結果的に慌てて仕事にもどってしまう場合もあります。
 
20年以上前から「早すぎた復職」と言われていますが、快復しないうちの復職は再発の危険因子となるので避けなければいけません。うつ病の診断基準と照らしあわせて、症状が出ていないことを確認し、在宅生活で「体力」「気力」「頭の働き」ができれば10割にもどっていること。そこまで快復してから復職に向けた動きをしなければなりません。
 
働き方改革でなにが変わる?

──今年の4月に働き方改革関連法が施行されました。働き方改革は、労働とメンタルヘルスの関係にどのような影響を及ぼすとお考えですか?
 
天笠:まだ施行されたばかりなのでわからないというのが正直なところですが、仮に法律通りに実践されれば、いい方向に向かうと思います。労働時間の上限規制によって、月100時間以上の労働が禁止され、かつ、複数月の平均労働時間が80時間を超えてはいけないことになった。要するに過労死の労災認定基準で書かれている労働時間が上限になっているわけです。果たしてどれほど実現されるのかという問題とは別に、あくまでも理屈上はリスク要因保有割合が減るので、過労死などは少なくなるはずです。
 
──また、上限規制によって逆に労働が過酷になるなど、ほかの部分にしわ寄せがいってしまう可能性も考えられます。
 
天笠:フランスでは35時間労働制になってからメンタル不調者が増えたのではないかという議論があるようです。労働密度の上昇など、ほかの労働ストレス要因が悪化する可能性もふくめて、しばらくは慎重に様子をみるしかないと思います。
 
結局のところ、労働組合の組織率やストライキが減少している現状で、働き方改革関連法を実現させるための集団や監視する集団がどれほど機能するのかというのが、根本的な問題として挙げられます。労基署だけでは監視しきれないかもしれない。実際にこれまでも労働基準法の最低基準すら守られないまま状況が悪化しているので、どれだけ法が守られ、監視されるかにかかっていると思います。
 
天笠崇医師の著書『ストレスチェック時代のメンタルヘルス 労働精神科外来の診察室から』新日本出版社、2016年
 
 
天笠 崇(あまがさ たかし)
PROFILE
精神科医。1961年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業。精神保健指定医、産業医、精神科専門医、公衆衛生学修士、社会健康医学博士。現在、代々木病院精神科科長、(公財)社会医学研究センター代表理事。メンタル労災センター運営委員 著書に『救える死 自死のない社会へ』(2011年、新日本出版社)、『疲労の医学』(共著、2010年、日本評論社)、『現代の労働とメンタルヘルス』(2008年、かもがわ出版)、『成果主義とメンタルヘルス』(2007年、新日本出版社)、『ストレスチェック時代のメンタルヘルス 労働精神科外来の診察室から』(2016年、新日本出版社)。
 

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