労働時間の把握が自己申告では不十分な理由 法改正で「客観的な方法」での管理が必須に (6/3)

 労働時間の把握が自己申告では不十分な理由

法改正で「客観的な方法」での管理が必須に
 
倉重公太朗 : 倉重・近衛・森田法律事務所 代表弁護士 
東洋経済オンライン 2019/06/03 11:00
 
〔写真〕働いた時間の把握には、タイムカードなどの「客観的な方法」が必要とされます(saki/PIXTA)
 
 今年の4月に施行された働き方改革関連法のメインは労働時間の上限規制、有休5日の取得義務という労働基準法(労基法)の改正が主な内容でした。その他細かい改正はいろいろとあるのですが、非常に影響が大きいのが労働安全衛生法の改正です。
 
 労働安全衛生法(安衛法)とは、労働者の健康・安全衛生を確保するためにさまざまな規定を設けている法律で、例えば入社時の健康診断や毎年行う定期健康診断、ストレスチェック制度などを定めています。
 
 今回、労働安全衛生法およびこれに基づく規則の改正により、新たに「労働時間の状況」について客観的に把握しなければならないという義務が中小企業を含むすべての企業に課せられることになりました。
 
 この労働時間の状況把握義務はあまり知られていませんが、思いのほか重要です。人事労務担当者のみならず、部下を持つ管理職の方であれば、この内容を知っておかないと「管理が行き届いていない」と後に責められてしまうリスクがあります。また、パソコンを使って作業をしている人はすべて関係ある話になります。
 
■労働時間の「状況」は労働時間そのものではない
 
 今回の安衛法改正による労働時間状況把握義務の内容は、「すべての労働者」の「労働時間の状況」を「客観的な方法」により把握する必要があるという点がポイントです。
 
 「すべての労働者」には管理監督者、パート、アルバイト、契約社員を含みます。とくに、部長や課長などの管理監督者については、役職がつく代わりに残業代はなしというケースも多いことから、これまで厳密な労働時間の管理をしてこなかった会社が多かったと思いますので、これからどのように管理をしていくのかが重要になります。
 
 ここで注意すべきは、「労働時間の状況」とは、労働時間そのものではないことです。「労働時間」というと、それが残業代を計算する基礎になったり、残業時間や休日労働に関する労使間の取り決め「36協定」の上限時間か否かなどの指標となるものですが、今回の安衛法の義務についてはわざわざ労働時間の「状況」という言葉を付けているのです。
 
 「労働時間の状況」とは、労働者がいかなる時間帯にどの程度の時間、労務を提供しうる状態にあったかの指標となるものとされており、労基法の労働時間とは概念が異なるのです。つまり、労務を提供「しうる」時間のことであり、実際には「在社時間」などに近い概念です。
 
 そして、「客観的な方法」とは、タイムカード・ICカードによるオフィスの入退出時間記録、パソコンのログオン/オフの時間などによる把握を原則としています。
 
 つまり「客観的」とは、自らの意思が入らずに自動的に記録されるという意味になりますので、自分で入力したり修正できたりするタイプの勤怠管理ではそれが紙であろうが、社内システムであろうが、ウェブ上のクラウドシステムであろうが、いずれも自己申告扱いということになります。
 
 ちなみに、この労働時間状況の把握義務について、客観的記録によらずに自己申告によるのは「やむを得ず客観的な方法により把握しがたい場合」である必要があります。
 
 なお、自己申告による場合は「その他の適切な方法」を講ずる必要もあります。これは、やむをえず客観的方法により把握しがたい場合については、労働者に対して適正に申告するよう十分な説明を行うことや、申告内容と実際の労働時間の状況とが合致するかについて必要に応じた実態調査の実施、補正をすること、適正な申告の阻害をしないこと、阻害要因を改善することなどの措置が必要になります。
 
■直行直帰でも労働時間の把握は必要
 
 この点、直行直帰の営業職など、オフィス内でPC操作をしない仕事の人については「やむを得」ない場合にあたりそうに思いますが、厚労省は少し厳しく考えているようです。
 
 厚労省見解では、直行直帰であったとしても、例えば「事業場外から社内システムにアクセスすることが可能であり、客観的な方法による労働時間の状況を把握できる場合もあるため、直行又は直帰であることのみを理由として、自己申告により労働時間の状況を把握することは、認められない」としています(厚生労働省平成31年3月27日付 グレーゾーン解消制度に基づく「確認の求めに対する回答の内容の公表」)。
 
 つまり、単に「直行直帰だから」という理由で客観的労働時間の状況把握を行わなくていいことにはならず、例えば客先でPCを操作し社内システムにアクセスする場合などはPCログも確認しなければならないことになります。
 
 実務的には、マイクロソフトの専用アプリケーション「Office365」など、つねに社内システムと同期されるようなモバイルPCを使っているような場合には、これに当たりうるとも言えるでしょう。そのため、前述した管理監督者を含めて、健康管理上の義務となっているため、新たな実務対応を企業は行う必要があるのです。
 
 中小企業を含め、客観的に労働時間の状況を記録することはなかなかの手間です。さらに、労働基準法上の労働時間の突き合わせも行う場合にはさらに大変で、仮にこれを手作業でやるとなれば、人的ミスも生じうることとなり、なかなかに困難でしょう。
 
 しかし、客観的な労働時間の状況記録は、そもそも長時間労働を予防し、医師の面接指導などを含めて健康被害を防止する点にあります。
 
 その観点では、仮にこの義務を果たしていなかったり、ミスが多発する等した場合には、紛争となった際の行政や裁判所からの態度も厳しくなることがありえます。
 
 そこで、労働時間の状況把握については社内システムやクラウドシステムのように、自動的に把握できるツールを用いるのがいいでしょう。
 
■自己申告とのズレが紛争の火種になることも
 
 ただし、社内システムをこれから構築するという場合は数百万円から数千万円の費用がかかる場合があり、中小企業には厳しいかもしれません。そのため、従業員人数1人当たり数百円で利用できるクラウドシステムを用いて管理するのがコストパフォーマンスがいいと考えます。
 
 この客観的な方法による労働時間の把握は、これまで労働時間の管理をおろそかにしてきた企業にとっては厳しいかもしれません。つまり、パソコンやICのログで管理した労働時間と、自己申告労働時間とに齟齬(そご)がある場合には、その時間の違いをめぐって残業代や長時間労働問題で紛争化しうるからです。
 
 そのとき、「何も管理していなかった」では話になりません。すでに義務はスタートしていますので、客観的な労働時間の状況把握の方法について社内で改めて検討すべきでしょう。
 
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