東京新聞【社説】週のはじめに考える 新しい日本型雇用とは (2/9)

【社説】週のはじめに考える 新しい日本型雇用とは
https://www.tokyo-np.co.jp/article/column/editorial/CK2020020902000149.html
東京新聞 2020年2月9日

学校を卒業して就職、同じ企業で定年まで勤め上げる−。

 日本型雇用を一口に言うとこんな働き方でしょうか。始まった今季の春闘で経団連が、その見直しを提案しました。背景には社会経済状況の変化があるようです。

 「世界と競争していくとき、とんがった人材も入って会社が変わっていかなければ、生き残れないんじゃないか」

 経団連の大橋徹二副会長は会見でこう危機感を表明しました。

 日本型雇用は主に大企業での働き方です。新卒一括採用、終身雇用、年功序列賃金が代表的な特徴です。労働組合が企業横断的でなく企業別であることも経営上の特徴に含まれるでしょう。

◆経団連が見直し提案
春闘で経営側の指針となる経団連の「経営労働政策特別委員会報告」でそのメリットを指摘しています。新卒一括採用は、企業にとって計画的な採用ができ、若者の失業率を低く抑えている。長期の雇用は異動などでさまざまな職種を経験させ人材を育成できる。年功型の賃金は雇用の安定と社員の定着につながる。

 戦後の高度成長期にこの形は完成したといわれます。

 終身雇用、年功序列、企業別組合との特徴を最初に指摘した研究者はジェームス・C・アベグレン氏です。一九五八年に出版した著書「日本の経営」でした。「終身雇用」という訳語もここから広がったようです。

 ただ、アベグレン氏の指摘したかった特徴は、単なる雇用契約の関係ではなく、企業と労働者の間にある一体感のようなものです。日本の企業は「共同体」と見抜き、社員が安全に幸福に暮らせることを目的としていて、双方は「終身の関係」にあると。

 日本型雇用は就職というより「就社」に近い。メンバーシップ型ともいわれます。この働き方が経済発展をリードしてきました。

◆課題もあるジョブ型
一方で、報告書は日本型雇用では人材の社内育成に限界があり、専門人材を柔軟に確保できないと課題を指摘しています。人工知能(AI)などデジタル技術の人材を確実に採用したい。提案にはそんな狙いがあるようです。具体策はジョブ型の働き方の導入です。

 ジョブ型とは職務の内容や勤務地などが決まった人材活用法です。国によって制度は違いますが、欧米で普及しています。例えば、経理職ならその仕事をずっと担当します。業務範囲も明確で残業はまずしません。昇給を目指すなら他社の同じ職に移る。まさに「就職」と言えます。

 一方で、同じ職務なら賃金も原則同じです。年功賃金でもなく、経験を重ねてもなかなか増えません。欠員が出たら採用する中途採用が基本で、担当する仕事がなくなれば解雇もされます。

 経団連の報告書はジョブ型に加えメンバーシップ型も生かす「複線型の制度」を提案しています。

 働く側が気を付けたいのは、従来のやり方がいいからと新しい課題の解決法を考えないことです。経営側に任せず、働く人がやりがいを持って生活の安定にもつながるような働き方を模索したい。

 ジョブ型の課題に目を凝らしてみます。この働き方で働く専門人材は高い賃金を得られるでしょう。一方、従来の働き方と待遇に格差がでます。外部からの採用が進めば企業は内部で人材育成をしなくなります。だから、社外での職業訓練など人材育成の仕組みが必要です。解雇されても転職しやすい労働市場もつくらねばなりません。

 例えばスウェーデンは比較的解雇されやすい社会ですが、代わりに手厚い職業訓練の仕組みがありIT分野など成長産業に人材を送り込む役割を果たしています。

 課題はまだあります。

 年功賃金には各種手当があります。公的な社会保障の不足を補う役割を企業が果たしてきた。仮に賃金が増えないジョブ型が一般社員にも広がれば、年金や公的住宅の整備、公的な手当など社会保障制度の充実も求められます。

 さらに、現在は日本型雇用の恩恵を受けられない非正規雇用が増えています。働く高齢者が増え年功賃金の見直しも迫られます。

◆安易なまねを戒める
アベグレン氏は二〇〇四年の新訳版で、注目されていた欧米の成果主義の導入を批判し「日本の文化を無視した変化、制度全体に与える影響を考慮しない変化、日本経済の成功をもたらした基盤を脅かしかねない変化…、こうした変化は拒否すべきだ」と安易なまねを戒めています。

 日本型雇用の原型は明治期の官僚や軍隊の制度だといわれます。雇用慣行は歴史的経緯の上に今の形があります。すぐに明快な解が見つかるわけではありません。労使が合意の形成に腰を据えて取り組むしか道はないようです。 
 

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