ウーバーの運転手を巡る「働き方」の際どい境界
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191005-00306136-toyo-bus_all&p=3
2019/10/5(土) 5:30配信 東洋経済オンライン
ウーバーの運転手を巡る「働き方」の際どい境界
新しい働き方として注目されている「ギグエコノミー」。いったいどのような働き方なのでしょうか(写真:beingbonny/iStock)
インターネットを通じて、短期・単発の仕事を請け負う働き方が広がっています。こうした新しい働き方がもたらす経済は「ギグエコノミー」と呼ばれ、アメリカでは近年ギグワーカーが爆発的に増加。一方、今年9月にカリフォルニア州で独立事業主の定義を厳しくする新法が成立し、2020年1月に発効されます。これが、ギグエコノミーに一石を投じています。
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■新法成立で新たな懸念も
ギグは英語のスラングで「単発」「一度限り」などの意味を持ちます。ギグワークの魅力は、場所や時間を選ばない自由な働き方です。
インターネットを通じて仕事を請け負い、自分の空いている時間を見つけて働いています。ギグワーカーとフリーランサーの明確な定義は定められていませんが、ギグワーカーは自分の空いた時間を見つけて仕事をするといった意味合いが強いと言えるでしょう。
ギグワーカーの代表格といえば、アメリカのウーバーテクノロジーズやリフトなどのライドシェアの運転手。スマートフォンのアプリを通じて、乗客と一般の運転手をマッチングするサービスで、運転手は独立した個人事業主として働いています。
そのため、ガソリン代などの経費は運転手持ちで、仕事がなければ売り上げもなく、最低賃金の保障もなければ、社会保障の適用もありません。さらに、売り上げの一定割合を会社に納めるシステムになっています。そのため、運転手として働く人たちから、セイフティーネットの必要性が叫ばれていました。
そこで、働き手たちの生活を守るために、カリフォルニア州において、今年9月に新法が成立しました。ウーバー、リフトの両社は同州で相当数の運転手を抱えているといわれており、新法が与える影響は絶大と言えます。
この新法では、独立した個人事業主の条件として以下の3つを定めています。
1. 会社の管理・監督下にないこと
2. 会社の通常業務の範囲外の仕事をしていること
3. 同じ業界で独立した事業を手がけていること
つまり、これら3つの条件をすべて証明できない限り、会社はギグワーカーらを「従業員」として扱わなければならない、ということです。これによって会社はコスト増になるといわれており、コストを運賃に上乗せすれば、従来と比べ乗車料金が高まるため、サービスの利用低下にもつながる恐れがあります。
ウーバー、リフトの両社は、現状、赤字決算で新法の施行で運転手が従業員となれば、ビジネスモデル自体を維持していくことが難しくなると懸念する声もあります。
もう1つの懸念材料が、ギグワーカーらにもあると言えます。ギグワークの魅力は、場所や時間を選ばない自由な働き方。それこそ、自分が空いている時間に、うまくマッチングできれば、会社を問わず客を乗車させることができましたが、複数の会社を通して仕事をしていれば、1社の従業員になることができなくなります。
これは運転手に限ったことではありません。あらゆる業種でギグワーカーとして働く人たちに言えることです。新法の成立は、給与や社会保障などと引き換えに、働き方への柔軟性を失う可能性も否定できません。
■日本でも雇用類似の働き方が課題に
日本においても、インターネットを通じたクラウドソーシングが急速に拡大し、雇用契約によらない働き方が広がっています。今年6月には日本でも飲食宅配代行サービス「ウーバーイーツ」の配達員が労働組合の結成に向けた準備会を行ったことが話題になるなど、自由な働き方が魅力のギグワークやフリーランスに注目が集まっています。
厚生労働省の『フリーランス白書2018』
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12602000-Seisakutoukatsukan-Sanjikanshitsu_Roudouseisakutantou/0000189092_2.pdf
によると、フリーランス(副業・兼業を含む)は1000万人余りで、国内労働力人口の約6分の1にあたると言われています。フリーランスと従業員の働き方の違いについてはこちら(「フリーランスと会社員、働き方の根本的な差」)を参考にしてください。
政府が今年6月に発表した「成長戦略実行計画」
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/keizaisaisei/pdf/ap2019.pdf
によると、1995年と2015年を比較すると、25〜75歳でギグエコノミーによる就業割合が増えています。また、日本のフリーランサーの年齢割合は40代の26.5%が最も多く、ついで50代が23.6%、30代21.6%、60代以上が16.2%、20代が12.1%となっています。
同調査では、中高齢者がギグエコノミーの担い手となることで、就業機会の拡大に貢献していることを指摘。今後、労働人口が減少し、年金財政にも不安を覚える中で、高齢者のギグワーカーが増えることに、政府は期待を寄せています。
労働政策研究・研修機構の「独立自営業者の就業実態と意識に関する調査」(2017年)
https://www.jil.go.jp/institute/research/2019/187.html
によると、1年間で仕事の取引先が1社しかない人の割合は42.9%、2〜4社は34.1%も占めています。1社というと、専属的に働いている状況であり、外形的にはフリーランスや個人事業主という形態をとりながら、雇用と自営の中間的な働き方、つまり「雇用類似の働き方」をしている人が多いことがわかります。
ところが、雇用類似の働き方をしている人においては、最低賃金や労災・雇用保険、有給休暇など労働者であれば当然に保障される法律の適用を受けることができず、こうした状況が課題とされています。
■契約ルールの整備を議論
厚生労働省は各検討会を設け、契約ルールの整備などを議論し始めています。
今年6月に発表された「雇用類似の働き方に係る論点整理等に関する検討会」の中間報告では、これまでの状況を踏まえたうえで、引き続き、契約条件の明示や報酬額の適正化、仕事が原因で病気やケガをしたときのセーフティーネット、発注者からのセクハラ対策、社会保障など、優先すべき課題を中心に、ガイドラインあるいは法的な対応といった手法も含めて検討を行っていくこととしています。
公正取引委員会も企業が個人事業主に不利な条件を強要していないか監視を強めようとしています。昨年2月には、労働分野に独占禁止法を適用するための運用指針となる報告書を公表し、フリーランスも独占禁止法の対象となりました。しかし、具体策はまだこれからといった状況です。
そうした中で、ギグエコノミーの先駆けであるアメリカで州法として成立した新法のインパクトは、決して小さなものとは言えないでしょう。
しかし懸念されるのは、個人事業主・フリーランサーの一部が労働法を適用され従業員化することで、柔軟な働き方が硬直化することです。最低賃金制度を適用させれば、ほかのフリーランスや個人事業主の報酬にまで負の影響が出る恐れもあり、一概によいとは言い切れません。
柔軟で新しい働き方として注目されているギグエコノミー。アメリカと日本では社会保障をはじめ制度内容が相違する部分も多いので、丁寧に精査しながら、日本におけるセーフティーネットのあり方を検討していくべきでしょう。
佐佐木 由美子 :人事労務コンサルタント/社会保険労務士