専業主婦世帯に忍び寄る貧困 離職食い止めが急務
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2019/10/20 2:00日本経済新聞 電子版
〔写真〕専業主婦の一部はパートを始めたが、十分な収入は得られていない(写真はイメージ)
かつて日本の標準的な家庭だった専業主婦世帯に、貧困の影が忍び寄っている。18歳未満の子供がいるケースで貧困率が約1割に上ることが、独立行政法人の労働政策研究・研修機構(JILPT)による調査で分かった。子育て世帯の平均をおおむね上回る。夫の収入がリストラなどで減っても、「男が家計を支える」という固定観念から抜けられないようだ。
JILPTが2011年、12年、14年、16年に実施した「子育て世帯全国調査」をもとに、周燕飛・主任研究員が分析した。専業主婦世帯の貧困率は、国の大規模調査でも明らかになっていない。
それによると貧困率が最も高かったのは11年の12.0%。子供のいる夫婦世帯の全体を上回り、妻がパートや非正規で働く「パート主婦世帯」も上回った。
周氏は「08年のリーマン・ショック後の企業のリストラや業界再編を受けて、賃金の抑制や年功序列制度の崩壊が進み、夫の所得が伸び悩んだことが背景にある」と分析する。当時、約50万人の専業主婦が貧困状態にあったと思われる。
その後景気は回復に向かったものの、専業主婦世帯の貧困率は高止まりしている。12年が10.1%、14年が11.8%で、いずれもパート主婦世帯を上回った。16年は5.6%に下がった一方、パート主婦世帯が8.5%と逆転した。
周氏は「求人の増加を背景に一部の専業主婦がパートで働き始めたが、十分な収入を得られていない」とみる。専業主婦世帯の貧困層がパート主婦世帯に置き換わっただけで、貧困の解消にはなっていない。
周燕飛(しゅう・えんび) 1975年中国生まれ。96年中国・広州の中山大学社会学部卒。大阪大学国際公共政策博士。2004年から労働政策研究・研修機構研究員、16年から現職。専門は労働経済学、社会保障論。「貧困専業主婦」(新潮社)を19年7月に出版。
夫の収入だけでは生活が難しくなっても、本格的に働きに出ないのはなぜか。
JILPTの調査で貧困層の専業主婦に理由を聞いたところ、「子育てに専念したい」が48.1%で最も多く、「時間について条件の合う仕事がない」(21.2%)、「子供の保育の手立てがない」(13.5%)が続いた。
周氏は、これらの回答について「子育てが理由の自己都合であり、貧困でも専業主婦でいることを自ら選んでいる」とみる。いずれかを回答した貧困専業主婦は73.1%にのぼった。
経済的にゆとりがないと、家族の食生活や健康、子供の教育などに悪影響が及ぶ。周氏は「貧困でも専業主婦にとどまるのは矛盾した行動」と指摘する。
貧困世帯の親は保育園の利用で本来、有利な立場にある。認可保育園の利用料は所得に応じて決まる仕組みで、貧困世帯だと負担額は少ない。だが調査では、子供の入園を申請し一度でも待機児童になったことのある貧困専業主婦はわずか1割だった。
「切実な状況を役所に訴えれば優先的に保育園に入れるケースもある。生活に余裕がなく、損得計算ができていないのではないか」と周氏は推測する。
周氏が対面で聞き取りしたところ、「子供を保育園に預けてまで働くことは考えていない」という回答が多かった。保育園にマイナスのイメージを持ち、「自分が働くと子供に良くない影響が出ると考える主婦が多い」と実感したという。
「夫に夜は副業で働いてほしい」と話す主婦もいた。周氏は「稼ぐのは夫の責任だと考えているようだ」と話す。貧困専業主婦の3人に1人は自分を「とても幸せ」と捉えており、自発的に現状を改善する動きは期待しづらいという。
「男性が家計を支え、女性は補助的に稼ぐ程度でいいという変わらぬ家族規範が根底にある。母親が専業主婦の場合、エコー(反響)効果は大きく、娘の世代で断ち切るのは難しい」と周氏は話している。
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■新卒時の就職先を辞めないで
貧しくても「専業主婦でいられて幸せ」と感じているなら、それで構わないのか。それとも社会として、貧困解消に取り組む必要があるのか。分析した周氏に聞いた。
――日本の社会に、どんな影響を及ぼしますか。
「貧困専業主婦を置き去りにすると、生活保護など社会保障費用の増加や、母親のうつ自殺、児童虐待の誘発など様々なリスクが高まる」
――問題の根源は何ですか。
「日本では結婚や出産を機に退職し、子育てが一段落するとパートで再就職する女性が多い。一定数は専業主婦とパート主婦を行き来している。パート主婦を『準専業主婦』とみなして合算すると、広義の専業主婦は現役世代の3分の2を占める」
「最も重要なのは、離職する女性を減らすことだ。女性の場合、新卒時の就職先で働き続ける方が好条件といえる」
――個人の選択に行政はどこまで関与すべきでしょうか。
「行きすぎたおせっかいは避けるべきだが、仕事の継続を促すための情報提供は必要だ。データをもとに働き続けた場合といったん離職して再就職した場合の、それぞれの将来収入や退職金などを試算して、具体的な数値で示してもいい」
――とはいえ子育てを理由に仕事を辞める女性は多いです。
「経済的に困っている人こそ保育園を利用すべきで、心理的なハードルを下げることは福祉と女性の就労支援の両面から有効だ。就労支援プログラムへの参加などを条件に保育園を使えるようにする『お試し利用券』の発行も一案だ」
(聞き手は生活情報部次長 南優子)