毎日社説: 労働時間規制緩和 拡大解釈は許されない


毎日新聞 2014年06月16日 02時31分

 働いた時間に関係なく成果に応じて賃金を払う新制度の対象者を「職務が明確で高い能力を有する者」で「少なくとも年収1000万円以上」とすることに政府は決めた。当初検討された案より改善されたが、まだ解釈次第で対象者が広がる余地がある。残業代ゼロの長時間労働が横行しないよう厳格な規定が必要だ。

 「長い時間働いて残業代はもらうが成果の上がらない社員の人件費を削りたい」という経営者側の意向で改革案は検討された。諸外国と比べて日本の正社員の生産性が劣るとの調査結果もあり、外国企業が日本での事業展開を敬遠する要因とも指摘される。

 ただ、先進国の多くでは正社員といっても職務内容や勤務時間、勤務地がある程度限定されているが、日本では転勤や配置転換、突然の残業に従うことが当然とされている。勤続年数が増えると賃金が上がり、業績が少々悪くても簡単には解雇されないことの見返りとして、独特の雇用慣行が築かれたとも指摘される。

 労働基準法では「1日8時間、週40時間」と勤務時間が決められているが、労使協定を結べば延ばすことが可能で、多くの企業が採用している。残業代は法定勤務時間を順守させるためのペナルティーであり、長時間労働に対するブレーキ役を本来は担っている。ところが、非正規雇用が増えるに従って正社員にかかる比重が増し労働時間も延びている。過労死も年々増えており、今国会で過労死防止法も成立の見込みだ。

 過労死や労災認定が多い職場ほど一般社員の精神衛生面も悪く、社員全体の生産性が低くなるとの調査結果もある。日本の正社員の生産性の低さは長時間労働が生み出している面もあるのだ。元になっている問題を改善せず、成果主義で賃金だけ下げると悪循環に拍車をかけることにならないか。

 「時間ではなく成果に応じた賃金制度」は柔軟な働き方をするための一つの理想ではあるが、それは経営者から課される仕事の量や成果の水準について社員側に交渉する力があって初めて成り立つものだ。新制度の対象を広げていくのであれば、日本の雇用慣行を改め、真の意味で「職務が明確で高い能力を有する」正社員を増やす必要がある。その前提を欠くとさらに過労死や生産性の低下をもたらすことになりかねない。

 まず労基法の趣旨に立ち返って長時間残業の改善から始めるべきだ。成果主義賃金を適用するのであれば、労働時間規制の厳格化や休暇取得の義務化を検討すべきだ。「高い能力を有する」ためには社員側の自覚や努力も必要だ。正社員改革を実のあるものにしなければならない。

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