持田譲二さん「低所得が「食」「育児」直撃―子どもの貧困の実相(上)」 (10/16)

低所得が「食」「育児」直撃―子どもの貧困の実相(上)
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持田 譲二(ニッポンドットコム) 【Profile】 2019.10.16

世界第3位の経済大国でありながら、子どもの貧困が目立つ日本。最新統計(2014年時点)では、一人親世帯の貧困率が主要国ワースト1だ。貧困は「食」や「育児・教育」といった子どもの成長に欠かせない場面に、暗い影を落としている。

「本当に助かる」
子どもたちに無料で食事や居場所を提供するボランティア活動を展開し、全国約3700カ所に広がる「こども食堂」。その一つの「まいにち子ども食堂」(東京都板橋区)は、マンモス団地街・高島平のマンションの一角にある。

8月初めの夕方、代表の六郷伸司さん(55)が汗だくになって夕食を支度していたころ、40代の大西ふみ子さん(仮名)が「泥棒しに来たよ」と冗談を言いながら、台所に入ってきた。すると大きな手提げバッグの中からタッパウェアを取り出し、持ち帰り用に山盛りのご飯やおかずを詰め込んでいった。離婚して3歳の女の子と二人暮らし。健康を害しているため働けず、生活保護でなんとか暮らしている。夕食の料金は子どもがタダ、大人は300円とあって、「本当に助かっている」と大西さんは言う。

今日の夕食は麻婆豆腐 https://www.nippon.com/ja/ncommon/contents/in-depth/163254/163254.jpg

一方、6畳2間ほどの「食堂」では小学生8人が夕食を待ち構えている。この日の献立は麻婆豆腐とご飯のワンプレートに、みそ汁、レタスのサラダ。どの子も元気で屈託がないが、普通は家庭で食べるはずの夕食を、この子たちはなぜ、こども食堂で取っているのか。

「利用者の多くは母子家庭の子。仕事でお母さんの帰宅が遅い」と六郷さんは説明する。母が帰って来るまで長い夜を待ちながら一人きりで食べるよりも、同じ境遇の友達といっしょに食べた方がどんなに心強いだろうか。六郷さんは子どもを経済的に支えると同時に、「居場所を作ってやることが大事だ」と話す。食事以外にも、子ども同士で遊ばせたり、勉強を教えたりしている。小さな子たちが慕ってくる六郷さんは、親のような存在だ。

月2回ほど開くこども食堂が多い中で、ここは土日を含め毎日朝7時から夜8時までフル回転しており、子どもの日常生活に組み込まれている。利用者は月に約800人もいる。

食費は1日660円
母子家庭を支援するNPO法人「しんぐるまざあず・ふぉーらむ」は最近、食料援助に力を入れている。この1年で延べ1785世帯に対し、段ボール箱に詰めた食料品(約4000〜5000円相当)を無料で送ってきた。

小学2年生の女の子を育てている30代のシングルマザー、矢作まどかさん(仮名)も2カ月に1度、ふぉーらむのお世話になっている。物流業のパート勤務で、収入は手取り12万円程度の月給のほか、児童手当や一人親支援の児童扶養手当など社会手当が月換算で約6万5000円ある。過去に転職が多く、勤め先によって厚生年金に入れたり、入れなかったりの繰り返し。将来の受給額に不安を残す。

収入からアパートの家賃や光熱費、携帯電話代、各種保険料などを差し引くと食費に充てられるのは月2万円程度。1日当たり約660円にすぎない。ふぉーらむから送られてくるのは、米5キロや菓子、缶詰、コーヒーなどの詰め合わせだが、毎度の食事に欠かせない「お米は特に助かる」と矢作さん。

低賃金は食費を圧迫するだけではなく、仕事と育児の両立にも、のしかかる。矢作さんの仕事は、発注データに従って何千種類もの商品を棚から抜き出し箱詰めする作業。労働時間は7時間半で、「広い倉庫内を毎日2万歩も動きっぱなし」。誤配送は許されず緊張の連続だ。仕事を終え、学童保育施設から娘を引き取り、午後6時半ごろに帰宅後に夕食を作ると、ぐったりだという。夜は「自分にとって身体を休ませる時間。子どもは一人遊びしている」。

子どもと向き合えるのは土日に限られる。貧しい思いをさせたくないので、衣服の転売サイトを利用して身なりだけはきちんとさせているという。

子どもの将来
矢作さんの貯金は現在、ゼロ。娘の将来について「大学は無理。保育士とか専門職の方がいい」と話す。

首都圏在住で40代の若狭綾香さん(仮名)は2007年に離婚。9年後、息子が小5の時に原因不明の不登校になった。同じ境遇の母親たちから「家で二人きりだと共倒れになる」と励まされ、思い切ってパートで働き続けている。息子は今では中2。自立を促すように夕食の買い出しと調理を任せている。

地元自治体の職員が家庭訪問に来たり、無料の民間家庭教師サービスを受けたりして、「行政やNPOの方にはお世話になっている」と感謝するが、今でも仕事中にふと家で一人きりの息子が心配になることがある。

飲食業で働く30代後半のシングルマザー、松本みきさん(仮名)。二人の男の子のうち、小3の長男が軽度の発達障害だ。松本さんは「準社員」として比較的恵まれた労働環境にあるものの、「10年後が心配」と言う。家賃が格安の公営住宅の入居期限が切れると同時に、長男が児童扶養手当などの支給期限の18歳を迎え、経済的なサポートを失うからだ。「その時までに長男が自立して、稼げるようになるのか」と不安を漏らす。

三つの「無い」
厚生労働省の全国ひとり親世帯等調査の最新版によると、15年のシングルマザーの平均年収(社会保障給付金や養育費なども含む)は243万円。矢作さんや若狭さんは決して例外的な存在ではなく、母子世帯の平均的な姿だと言える。

ただ、貧困は金銭だけでは捉えきれない側面がある。NPO法人全国こども食堂支援センター「むすびえ」の湯浅誠理事長(東京大学特任教授)は、子どもの貧困は「三つの『無い』だ」と指摘する。その三つとは「おカネがない」「つながりがない」「自信がない」だ。

地元の町や隣近所との関係性が薄れてきた都会では、子どもの拠り所は家庭や学校。しかし、その家庭においても、子どもは疲れ果てた母親と十分なコミュニケーションが取れずにいると「体験が貧しくなり、人との関わりも結びにくくなる」と湯浅氏は訴える。

国・自治体の財政がひっ迫する中、湯浅氏は貧困家庭の子どもの面倒を「公助では見きれない」として、「共助を育てる必要がある」と指摘する。共助を担うNPOや福祉協議会などの地道な活動が、一人親家庭の子どもたちをぎりぎりのところで支えているのが実態だ。

バナー写真:「まいにち子ども食堂」(東京都板橋区)で、小学生と話す六郷伸司代表

 

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