明石順平(弁護士)「固定残業代なぜ流行? 弁護士が明かす凄まじいコストカット効果」(2/6)

固定残業代なぜ流行? 弁護士が明かす凄まじいコストカット効果
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明石順平弁護士 2020/2/6 07:00 (JST) ©株式会社全国新聞ネット

〔写真〕日本で蔓延する長時間労働。残業代が出るならまだ報われるが、もし出ないとしたら?(写真はイメージ=PAKUTASO)

 企業の間で流行しているといわれる「固定残業代」。高い基本給に釣られて入社したら大変な目にあったという声も聞く。ブラック企業被害対策弁護団事務局長で、新刊『人間使い捨て国家』(角川新書)を発表した弁護士の明石順平氏が、凄まじいコストカット効果と過酷な労働実態を裁判例とともに明らかにする。

■基本給「実質たったの12万円」

 「新卒者の基本給19万4500円」。ある企業の求人欄を見てあなたは妥当な額だと思ったかもしれない。だがもし、うち7万1300円が「80時間分の」固定残業代として含まれていたら。しかも、労働時間が80時間に満たない場合は不足分が差し引かれてしまうと聞いたら――。こんな企業があるはずがないと思うだろう。

 だがこれは、ある飲食店チェーンで実際に起きた過労死事件の話だ(2007年発生)。このような異常な労働条件のもと、新卒の正社員(当時24歳)が、月平均110時間を超える残業の結果、入社後わずか4か月にして心機能不全で死亡したのである。

 実は今も、固定残業代制度が企業の間で流行している。

 固定残業代とは、一定の決まった金額を、残業の有無にかかわらず、残業代として支払うというものだ。これは大きく分けて次の2種類があると言われている。

?組み込み型

  基本給や歩合給の中に残業代を組み入れてしまうというもの。「歩合給に残業代が含まれる」「基本給30万円、50時間分の残業代を含む」「基本給30万円、そのうち3割は残業代」等。

?手当型

 基本給とは別に、例えば「営業手当」等の名目で一定額を支払うというもの。

■広まってしまった「負の判例」

〔写真〕タクシー運転手の残業代について争われた高知県観光事件が、固定残業代について先例となる判例となった(写真はイメージ=PAKUTASO)

 固定残業代について先例となる判例がある。タクシー運転手の残業代について争われた高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日判決)だ。

 この事件では、会社側は「歩合給の中に残業代が含まれている」と主張した。しかし、歩合給のうち、残業代とそうでない部分の区別が全然つかないため、残業代が本当に払われているかどうか分からなかった。

 また、歩合給は残業や深夜労働時間に応じて増えるものでもなかった。だから、最高裁は会社側の主張を退け、残業代は払われていない、と判断した。

 ざっくり言えば、「残業代とそうでない部分が明確に分かれてないとダメ」という判断を示したのである。これは「明確区分性」などと呼ばれている。

 ところが、これがきっかけで「明確に分かれてさえいればOK」という考えが広まってしまったのである。

■実は残業代ですらない?

 固定残業代というのは、仮に全く残業をしなかったとしても、払うことが約束されている。また、固定分を超えた場合、当然その分は払わなければならないので、労働時間を把握しなくてよいわけではない。

 つまり、余計な給料を払うはめになる上に、労働時間把握の負担が減るわけではない。建前通りに受け取れば、企業にとって全くメリットは無い。

 しかし、考え方を変えてみよう。もし会社が「残業代」と言い張っているものが、残業代ではなかったとしたら。ただ単に、基本給の一部を切り取って、残業代に名前を変えているだけだとしたら。

 こう考えると、会社側にはメリットしかない。本当は基本給しか払っていないのに、残業代を払ったことにできてしまうからである。

 次の具体例で考えてみよう。これは実務上目にすることが多い「手当型」の固定残業代の例である。

A社 基本給30万円

B社 基本給20万円 固定残業代10万円

 どちらも、「毎月固定で最低でも30万円を払う」という点では全く同じである。

 ところが、残業代については違う。A社では、基本給30万円に「加えて」残業代を払わなければならない。他方、B社では既に残業代を10万円払ったことにできてしまうのである。

 A社とB社で何が違うだろう。10万円分の「名前が違う」だけである。それ以外に何も違いは無い。B社では、会社が恣意的に基本給30万円のうち10万円を切り取って「固定残業代」に名前を変えているだけだ。こんな単純な子供だましが、多くのブラック企業で横行している。

■1年で180万円のコストカット効果

 では、前述のB社における固定残業代10万円は、一体何時間分の固定残業代に当たるのか。

 B社の残業代算定の基礎となる基本給は20万円。これを前提に、月の所定労働時間を、ざっくり160時間(※土日祝日年末年始休みだと、1年間における1ヵ月平均所定労働時間は概ね160時間〜164時間程度になる)として計算すると、10万円は64時間分の残業代になる(※10万円÷(20万円÷160時間×1.25))。

 他方、A社の場合、単純に30万円全額が残業代算定の基礎時給になるので、64時間残業させた場合の残業代は15万円だ(※30万円÷160時間×1.25×64)。

 A社はこれを基本給30万円に「プラスして」支払うことになる。つまり、基本給と残業代合わせて総額45万円。他方、B社は固定残業代で64時間を既に払ったことにできてしまうので、30万円だけ。

 A社とB社が同じ64時間残業させた場合、A社の方が1.5倍のコストになるということである。ただ名前が違うだけなのに。これを1年単位で考えると、180万円も違う。社員10人なら1800万円、100人なら1億8000万円も残業代をカットできる計算になる。

■さらに酷い現実

 そして、現実はもっと酷い。固定残業代制を採用する企業は、残業が固定残業代分を超えたとしても、超えた分を払わないことがほとんどである。本来は超えた分を払わないといけないので、当然違法だ。そのようなブラック企業は、100時間以上残業させることなどザラである。

 このように、「実際はどんなに残業させても固定分を超えた分は払わない」という実態を考慮すると、もっと酷いことになる。

 単に基本給30万円とした場合、仮に100時間も残業させると、残業代は1か月で23万4375円、1年間で281万2500円だ。固定残業代を採用する企業はこれを払わない。およそ一人分の賃金を丸ごと削ったのと同じだ。

 社員10人なら2812万5000円、100人なら2億8125万円も削ることになる。こうやってコストカットをするから、労働者に長時間労働させ、異常に安い値段で商品やサービスを提供することが可能になっている。だからブラック企業が固定残業代を悪用する例が後を絶たないのだ。

 仮に訴訟で争ったとしても、固定残業代について有効と認められてしまえば、大幅に残業代を減額できてしまう。そして、訴訟までする労働者は極めて少数派であるから、結局ブラック企業の「やり得」になる。

 残業代は長時間労働に対する「ブレーキ」として機能する。しかし、固定残業代を悪用して残業代不払いをすることにより、「ブレーキ」が外されてしまい、過労死、過労うつが発生してしまう。

■思考停止する裁判官

〔写真〕ブラック企業に「加担」する裁判官。労働実態を無視した判例も(写真はイメージ=PAKUTASO)

 先ほど述べたように、「明確に区分されていればとりあえずOK」という考え方が蔓延してしまっているため、裁判官も思考停止している。

 例えば、冒頭で紹介した居酒屋チェーンの事件と同じく、月80時間相当の固定残業代を設定していたという事案において、これを有効と認めてしまった裁判例がある(東京地裁平成29年10月16日判決)。裁判所が過労死ラインの固定残業代を認めてしまったという恐ろしい事案である。

 この判決は、要するに「固定残業代80時間分と定めたからと言って、常に80時間残業させるわけではないから、有効」と判断した。これは、現実に80時間超の残業をさせていた実態を無視するものであった。

 ただし、この判決に対しては、原告が控訴し、「本件固定残業代の定めは、労働者の健康を損なう危険のあるものであり、公序良俗に違反するものとして無効とすることが相当」とする逆転判決が出た(東京高裁平成30年10月4日判決)。当然の判断である。ただ、この事件は上告・上告受理申立がされたので、まだ確定はしていない。

 なぜ一審判決がこんな危険な定めを有効としてしまったのか。「明確に区分されているからOK」という猛烈な思い込みがあったからだと思う。一度相場ができると多くの裁判官は思考停止してしまう。

■実質ゼロ型も登場

 固定残業代には、?組込型?手当型の大きく分けて2種類があり、特に?の手当型が厄介であることを今まで説明してきたが、これに当てはまらない新しい類型もある。私はこれを「実質ゼロ型」と呼んでいる。

 これは、都内に本社があるタクシー会社の運転手の残業代について使用されていた手法である。ざっくり言うと、残業代が増えれば増えるほどその額を歩合給から差し引くので、結局残業代が実質ゼロになるというものだ。

 本来であれば「基本給+歩合給+残業代」を払う必要がある。しかし、同社は、残業代は支払うものの、それを歩合給から引いてしまうのである。なお、歩合給部分にも残業代は発生する。

 非常に単純化するとこういうことである。

本来あるべき払い方:基本給+歩合給+残業代

実質ゼロ型    :基本給+(歩合給―残業代)+残業代

 見てのとおり、計算式の中に「−残業代」と「+残業代」があるので、実質的に見ると常に残業代がゼロになる。だから「実質ゼロ型」と私は呼んでいる。

 なお、同社は、業績によって変動する賃金、すなわち本来は単に歩合給と呼ぶべきものについて、「対象額A」と名付けている。そして、「対象額A」から、残業代を引いた額を「歩合給」としたのである(対象額A−残業代=歩合給ということ)。

■対策の立法措置は

 この固定残業代による残業代支払い逃れを防ぐため、「時間外労働の有無にかかわらず、あらかじめ支払うことを約束した賃金は、基本給(労基法37条の「通常の労働時間又は労働日の賃金」)とみなす」という趣旨の規定を設けるべきである。

 つまり、ただ単に「名前を変えているだけ」でしかない固定残業代は、基本給の一部とみなされるということになる。

 これにより、固定残業代が基本給に組み込まれ、基本給が大幅に上昇すると共に、それにプラスして残業代を払わせることが可能になる。「払ったこと」にして残業代をごまかすことはもはやできないため、長時間労働に対する「ブレーキ」として残業代を正常に機能させることができる。

 ただし、上記の規定だと、「実質ゼロ型」の固定残業代には対応できない。そこで、例えば「残業代分の賃金について、他の手当てから差し引くこととされている場合、その差し引く部分は無効とする」という規定も加えるべきである。

 本稿では字数に限りがあるためかなり要約した。固定残業代を含め、日本の異常な低賃金・長時間労働を可能にしている法制度・運用については拙著『人間使い捨て国家』(角川新書)を参考にしていただきたい。(弁護士=明石順平)

 【関連情報】
情報資料室 – 日本はもはや『人間使い捨て国家』 ブラック企業が横行する原因を弁護士が分析 (1/13)

https://hatarakikata.net/modules/data/details.php?bid=2478

 

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