第211回 書評㉓ 清水修二『原発とは結局なんだったのか――いま福島で生きる意味』

『週刊エコノミスト』 2012年11月27日掲載

清水修二『原発とは結局なんだったのか――いま福島で生きる意味』東京新聞、1400円+税

全編が胸に刺さる原発災害地の現実

このところ、原発災害と電力問題を扱った書物が次々と出版されている。評者が読んだなかでは、これほどどきりとさせられる本はない。

著者は、前々から電源三法の交付金制度を研究し、原発に対して批判的姿勢を貫いてきた。08年4月から12年3月までは、福島大学副学長として事故対応に奔走し、12年3月11日の「原発いらない!福島県民大集会」では、本書に収録されている集会宣言を起草した。

著者が序章で言うように、誰もが安心して住める環境は福島では失われている。しかし、「福島には住めないか」というと、そうではない。なぜなら、大多数の県民は不安を抱えながらも、県内に留まっており、また、避難者の多くはふるさとに帰ることを望んでいるからである。

ある絵本には、被曝の影響で先天異常の子が生まれるという話が書かれている。福島の子どもがこの絵本を読んだらどんな気持ちになるか。絵本作家の善意は疑いないが、善意が人を苦しめることもある。

第一章では、放射能の汚染に晒されて分断される地域社会が描かれている。たとえば、避難する家庭としない家庭があるなかで、子どもに「どうしてうちは逃げないの」と問われて、親はどう言えばいいのか。

第二章では、著者は憲法に謳われている幸福追求権、生存権、教育を受ける権利などに照らして、被災地はいま憲法が保障する「人らしく、生きる権利」そのものが奪われた状態にあると言う。

著者は、チェルノブイリ事故から5年後の91年に現地調査を行った。3.11から8ヵ月後には、福島県チェルノブイリ調査団長として、再び現地を訪ねた。本書の第三章では、2回の調査をもとに、ベラルーシとウクライナの健康被害、住民の移住、地域の放射線対策、自治体の対応などが抑えた筆致で語られている。

第四章は、発電用施設周辺地域整備法、電源開発促進税法、電源開発促進対策特別会計法の電源三法を考察している。同制度にもとづく福島県の交付金実績は09年度までの累積で約2700億円に上る。利益誘導を旨とし、理性を利害で買い取るこの政治装置は廃止するしかない。

終章では東電や政府や自治体の責任とともに、国民の責任が問われている。都市の生活を便利にしてきた「豊かさの構造」は、結局、「電気は東京へ、放射能は福島に」という「差別の構造」の上に築かれたものであった。

巻末の掌編原発小説まで、全編が胸に刺さるイチオシの本である。

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