第241回(書評) 今野晴貴『生活保護――知られざる恐怖の現場』

『週刊エコノミスト』 2013年9月3日号

今野晴貴『生活保護――知られざる恐怖の現場』ちくま新書、840円

違法行政の実態 真の責任の所在を問う
  
著者は『ブラック企業――日本を食いつぶす妖怪』で一躍有名になった若手研究者である。同時に、若者の労働相談と貧困者の生活支援に取り組むNPO法人POSSEの代表でもある。

ブラック企業で使いつぶされる若者が多い。なかには、過労が重なり身心を壊して退職を余儀なくされて、収入を断たれ、就労も困難になりながら、労災補償も失業給付も当てにできずに、生活保護を申請せざるを得なくなる者もいる。現代日本の労働と生活に敷かれたこのレールは、労働相談を受けてきたPOSSEが生活支援に乗り出したレールでもある。また、ブラック企業の現場を抉った著者が、今度は生活保護の現場に切り込むのも、このレールに導かれてのことである。

いま、この国では生活保護バッシングが吹き荒れている。別世帯の母親が生活保護を受給していた芸能人が扶養義務を果たしていないと非難されたことから、バッシングは生活保護制度全般に広がった。生活保護受給者がパチンコなどをするのを見つけた市民に、通報を義務づける条例を定めた自治体もある。

マスメディアは、わずかな例の「不正受給」を大仰に書き立てることに熱心である。しかし、生活保護行政の現場に迫る報道は少ない。

本書に出ている国際比較の資料では、生活保護の利用率(人口に占める受給者の割合)は、ドイツは9.7%、フランスは5.7%なのに、日本は1.6%にすぎない。補足率はドイツ64.6%、フランス91.6%に対して、日本は高く見積もっても18%にとどまる。このことは漏給率(受給して当然の貧困者に占める受給していない者の割合)が8割にも達することを意味する。

それでも、受給者の責任は問われても、行政の責任はほとんど問われない。本書はこの点に生活保護問題の真の所在を見て、福祉の現場で何が起きているかを、実例にそくしてあぶり出している。

生活保護行政の窓口では、申請を受け付けずに「追い返す」違法行為が平然と行われている。それは貧困者をしばしば自殺や餓死や孤独死に追いやる。生活保護開始後にケースワーカーが受給者を保護から「追い出す」違法行政にも、暴言と脅迫や私生活への介入から、不当な打ち切りや辞退届の強要にいたるまで多様なパターンがある。

貧困に対する福祉が極めて貧困な国で、今何が起きているかを知るためにも、生活保護の改革の方向を考えるためにも、必読の書である。

この記事を書いた人