第160回 国家公務員の給与は高すぎるという議論は間違っています

よく「公務員給与は民間と比べると高すぎる」と言われます。それは証明をするまでもなく明らかなこととして広まっている見方です。しかし、これは事実に基づかないという点でイデオロギーです。

公務員給与の議論では、最低賃金に近い時給で働いている大量の非正規公務員の存在は無視されています。また、国家公務員でいえば、相対的に賃金の低い現業職(技能労務職)は、郵政公社化(2003年度)以前の約30万人から最近では4000人台まで減らされていますが、このことも考慮されていません。さらに、公務員の正規職員では勤続年数の違いを別とすれば原則として男女の賃金格差がなく、女性の賃金が低い民間に比べて、男女計の平均は高く出ますが、それも度外視されています。正確な比較のためには同一学歴を基準にしなければなりませんが、それさえ不問にした議論がまかり通っています。

全国紙はどれも公務員給与引き下げ論を唱えています。では新聞社の初任給はどうなのでしょうか。就職情報サイトのマイナビに出ている採用データの初任給をみると朝日は24万6730円以上、読売は25万8000円以上となっています。他方、同じマイナビ情報は、国家公務員1種は21万8216円(国税庁本庁勤務)となっています。これを比較するかぎりでは、「国家公務員の初任給は朝日や読売よりかなり低い」と言えます。

しかし、即断は禁物です。なぜなら、拙著『就職とは何か――〈まともな働き方〉の条件』(岩波新書、2011年)でも述べたように、採用情報における初任給の表記はきわめて曖昧で、諸手当のうち何を含めるかによって大きな違いが生じるからです。上記の国家公務員1種の場合、諸手当込みの表記になっていますが、その内訳は示されていません。人事院のHPで「国家公務員の初任給の変遷(行政職俸給表1)」を見ると、最近の初任給(大卒)は18万2100円になっています。これは2007年4月の数字ですが、その後は引き上げられていないので、先の21万8216円というのは諸手当を含めた額だと思われます。

他方、上記の新聞社の場合、初任給が高いのは裁量労働制をとっていて、本来は初任給に含ませるべきではない「みなし残業代」が含まれているからだと考えられます。とすれば、さきの比較から朝日や読売の初任給は高いと決めてかかるのは乱暴だということになります。実は、「公務員給与は民間と比べると高すぎる」というのは、事実を確認せずに決め付けている点で、これと同じ程度に乱暴な議論だと言えます。

公務員はストライキ権が奪われているために、人事院が官民の比較を行い、官民較差を是正するために、毎年4月分の給与を調査して、引き上げ・見送り・引き下げの勧告を出しています。2012年度については2011年9月末に国家公務員給与が民間給与を上回る分を解消するために0.23%に引き下げることを国会と内閣に勧告しました。これは月額平均899円、ボーナスを含めると年間1.5万円の引き下げにあたります(行政職俸給表1、現行39万7723円、平均年齢42.3歳)。民間が年間3.99月であったボーナス(期末・勤勉手当)は、現行の3.95月のまま据え置かれました。

高い高いと言われる国家公務員の給与も、人事院による厳密な比較では2011年度の場合、民間とコンマ以下の0.23%しか違わず、その較差も民間が変わらなければ2012度には解消されることになっているのです。国家公務員の給与月額については、民間給与が下がるなかで、02年度△2.03、03年度△1.07、05年度△0.36、09年度△0.22、10年度△0.19引き下げられました。04年度、06年度、08年度は改定がありませんでした。この間に引き上げられたのは07年度のわずか0.35%だけです。地方公務員の給与は自治体によって異なりますが、全体の平均では国家公務員より月額で2万円余り低くなっています。こういう事実があるにもかかわらず、公務員給与の引き下げを言いつのるのは事実を見ないか為にする議論です。

そこへ持って来て、政府は2011年6月に東日本大震災の復興財源捻出を理由に、12年度より3年間、国家公務員の給与を人事院勧告に基づくことなく平均7.8%引き下げる臨時特例法案を国会に提出しました。これに対し、江戸川人事院総裁は、人事院勧告は憲法上の制度であり、実施しなければ憲法上の疑義が発生すると批判しました。結局、この引き下げ案は。与野党の合意にいたらず成立しませんでした。これが実施されると、月40万円の職員にとっては、ボーナスを含めると平均年収は手取りで約50万円のダウンになっていたところです。

現在のヨーロッパの金融危機の発端となったギリシャの財政危機をめぐっては、公務員の全国規模のストライキが報じられました。日本の報道は総じて冷笑的でしたが、賃金その他の労働条件の引き下げに対して労働者がストライキでたたかうのは、きわめて正常です。日本は、公務員にストライキ権がない点でも、ストライキ権を有する民間の労働組合が、労働条件がどんなに悪化してもストライキをほとんどというよりまったくといっていいほどしなくなったというでも、異常だといわなければなりません。

(注1)2012度より、従来の?種試験、?種試験、?種試験は廃止され、総合職試験、一般職試験、専門職試験、経験者採用試験からなる新たな採用試験を実施されることになっています。

(注2)行政職俸給表(一)の [一般行政職員]では、平均年齢42.3歳で平均俸給額は327,205円ですが、これに諸手当70518円が加わって、平均給与月額397,723円となっています。

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