第252回 どこか変です――安倍政権下の賃上げ珍事の7不思議

このところ大企業で何年ぶりかのベースアップ(ベア)の回答が続いています。悪いことではありませんが、考えてみると、いろいろ奇妙なこと、不思議なことがあります。

(1)大山鳴動すれどわずか0.4%のベア
2014春闘で連合は3月14日に491の労働組合で、ベアと定期昇給を合わせた賃金の増加額は、平均月6491円だったと発表しました。ベアがなかった昨年と比べると、定期昇給を除く今春闘のベアは1200円余り(昨年同期比1218円増)にとどまっています。月額30万円が平均賃金だとすると、正味の賃上げといえるベアはわずか0.4%にすぎません。そのことは定昇込みの賃上げ率が、定昇だけの昨春が1.74%、ベア込みの今春が2.16%、その差は0.42であったことからもわかります。

(2)連合がベアを要求したのは6年ぶり
日本の労働者の賃金は消費税率が3%から5%に引き上げられた1997年がピークで、98年以降はほぼ一貫して低下し続けてきました。最も大きく下がったのはリーマンショックで未曽有の大不況が起きた2009年でした。その翌年でさえ、多くの大手労組は、ベアどころか賃下げ分の回復さえ要求しませんでした。新日鉄(住金)は今年14年ぶりにベア実施と伝えられていますが、このことは会社側にベアを拒否されてきたというより、組合側がベアを要求しなかったことを示しています。

(3)政府に言われて組合がベアに動いた
ことしの大企業における賃上げの旗振りをしたのは組合ではなく政府です。安倍首相は、咋年2月には経済3団体(「経団連」「経済同友会」「日本商工会議所」)の代表者を招いて、デフレ脱却に向けて業績好調な企業に対して労働者の報酬(月額給与より賞与)の引き上げを要請しました。その後、政府は、賃上げ企業に対する減税措置の拡大や復興特別法人税の廃止前倒しなど、さまざまなかたちで企業に対して賃上げ要請を行っています。3月13日の報道では、厚生労働省ならぬ経済産業省が、東証1部に上場している全企業約1800社について、今春闘での賃金状況を社名入りで公表するという方針を明らかにしました。

(4)狙いの一つは消費税率引き上げによる不況への対策
4月に消費税率が現在の5%から8%に上がると、2014年度の家計負担は6兆円余り増えるという内閣府の試算があります。家計の消費支出が月35万円だとすると、約1万円の支出増加となります。政府は、消費税率引き上げ後の消費の反動減を和らげるために、賃上げの実績を誇示したいのでしょう。しかし、アベノミクスのインフレ目標2%を別としても、わずか0.4%のベア(共働きの場合でもせいぜい月2000円余りの賃金増)では、消費が縮小し、デフレが深刻化するのは火を見るより明らかです。

(5)もう一つの狙いは法人税率の引き下げへの布石
もともと消費税率の引き上げは法人税率の引き下げとセットで持ち出された増税です。しかし、消費税は上がる、賃金は下がるというのでは、消費税率の引き上げと抱き合わせの法人税率の引き下げに対する国民の批判をそらすことはできません。そこで、安倍内閣は、法人税率引き下げの世論対策のために、しきりに賃上げを言い立てている感があります。しかし、法人税率を引き下げても増えるのは内部留保や配当原資であって、賃金は押さえ込まれる公算が大きいと考えられます。

(6)好業績の大企業正社員だけが恩恵を受ける賃上げ
わずか0.4%のベアにせよ、今回の賃上げで恩恵を受けるのは、一部の大企業の正規労働者にすぎません。日本の労働者の7割は中小企業で働いています。中小企業の多くは長期の経営不振や衰退にさらされていて、賃上げの余力はありません。今や全労働者の4割近くを占めるようになった非正規労働者は、大企業であれ、中小企業であれ、賃上げから取り残されています。さきの連合の発表では、非正規労働者の時給の引き上げはわずか12円(11.97円)に留まっています。

(7)政府ができる最低賃金の大幅引き上げは棚上げ
昨年10月(一部の県は11月)に最賃が改定されました。全国平均で749円が764円になり、引き上げ幅は15円でした。東京は850円から869円へ、大阪は800円から819円へ。いずれも19円の増加でした。連合や労連が要求している全国平均1000円には遠く及びません。最低賃金は企業に要請せずとも政府が決めることができます。しかし、安部政権がやっているのは、低賃金の非正規労働者は増やすが、最低賃金は抑え込むという政策です。これでは賃金の底上げはできません。たとえ一部の正社員の賃金は上がっても、大多数の非正社員の賃金が抑え込まれたのでは、消費の拡大を通じたデフレからの脱却は不可能です。

先進国のなかで日本だけにデフレが生じているのは、日本だけが長期に賃金が下がり続けているからです。デフレ脱却のためには賃上げ、それも持続的な賃金の底上げが必要なことは明らかですが、安倍政権による政府主導の賃上げ珍事は、矛盾だらけで効を奏するとは思えません。

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