第2回 元気を取り戻してきた韓国の労働組合

  「働き方改革」テーマに韓国調査(3月)

 3月12日から15日まで、「文在寅政権下の韓国 労働・社会保障の新たな動向」をテーマに、ソウルに行き、6ヵ所で「聞き取り調査」をしてきました。今回の調査で、日本と韓国、それぞれで進められている「働き方改革」を比較して考える良い機会になり、多くの問題意識をもつことになりました。
 昨年(2018年)一年間、日本では「働き方改革」関連法の改正が大きな問題となりました。韓国では2017年に文在寅政権に変わり、2018年は「雇用政策5年ロードマップ」に基づいて、労働関連法改正をめぐる議論が盛んに行われました。
 〔※ 詳しくは、脇田滋「韓国・文在寅政権と労働法改革をめぐる動向」労働法律旬報1932号(2019年3月下旬)参照。〕
 両国における「働き方」は多くの点で類似しています。国際的な常識から逸脱し、平均的水準を大きく下回っているものとして、非正規雇用、女性差別、長時間労働、過労死・過労自死、外国人労働などの問題があります。日韓両国が、OECD諸国の中で最下位を争う、労働関連指標も少なくありません。「結社の自由」(韓国)や「女性差別」(日本)などは、国連、ILO、OECDから繰り返し問題点を指摘され、改善勧告を受け続けてきました。
 両国は、長年、これらの問題を根本的に解決できないまま、むしろ、貧困化、格差拡大、少子・高齢化など、社会の根幹にかかわる危機的状況に直面している点でも共通しています。こうした日韓両国で同時的に進められている「働き方改革」は、国内だけでなく国際的にも注目されていると思います。今回の調査は、社会保障の動向にも目を向けて、日本の状況を意識しながらの韓国調査でした。
 苦難の時代を乗り越えて元気を回復してきた労働組合
 9年間続いた李明博・朴槿恵保守政権の下では、労働組合は元気を失っていました。政府が、ILOの勧告にもかかわらず、公務員や教員の組合をはじめ労働組合に対する強権的姿勢をとり続けてきました。また、経営者からも労働組合は厳しい刑事責任、民事責任を問われて労働組合は苦しい状況に置かれていました。
 今回の韓国調査で最も印象的だったのは、「働き方」をまともなものに改善していく上で大きな役割を果たすと期待される労働組合が、かなり元気を取り戻していることでした。「ローソク(キャンドル)市民革命」(2016年末から2017年4月)を経て、労働組合は組合員数を大きく増やし、新たな雇用社会の変化に対応しても機敏な取り組みに挑んでいました。
 「ケンタウロス」のような労働組合へ
 保健医療労組は1987年に発足しましたが、当初は、病院を単位とする「企業別労組」があつまり、交渉も「企業別交渉」だけでしたが、1998年に「産別労組」に転換し、2003年から「共同交渉(集団交渉)」方式、さらに、2004年からは使用者側(病院の団体)と「産別交渉」を進めることができるようになり、いまでは全国協約も結ばれています。
 2018年の中央交渉では、多くの合意がありました。なかでも、「長時間労働短縮」<表A>と、「非正規職の正規職転換」<表B>は、全国交渉での合意の到達点を示しています。これらは、同様な課題に直面している日本の労働組合にとっても大いに参考になる内容だと思いました。
<表A>週52時間上限制施行のための長時間労働短縮合意案
1. 時間外勤務を減らすことと、無料労働をなくすこと
 ①各医療機関別に時間外勤務を客観的に記録・確認できる方法を労使合意で開発して施行する。
 ②出退勤時間を正確に記録し、発生する時間外勤務については手当を支給する。
 ③各医療機関別に労使同数の労働時間実態調査機構(労働時間実態調査委員会、勤務分科改善委員会、労使協議会等)を構成し、実労働時間短縮ロードマップを用意する。
2. 長時間労働禁止及び労働時間短縮
 日8時間、週40時間(週最長52時間)の勤労基準法を遵守する。ただし、やむをえず日8時間超過勤務をするとき、発生する時間外勤労について手当は必ず支給しなければならない。
3. 適正人材拡充
 医療機関別に部署別適正人材の基準を労使合意で用意し、定員(T/O)として確定する。ただし、公共医療機関の場合、関係機関と部署など承認機関に定員承認を要請する。
4. 夜間・交替勤務改善
 ①夜間・交替勤務の労働強度を低くし勤労条件を改善するために現在より個人別深夜勤務数がさらに増えないように人材を補充して運営する。
 ②医療機関は民主的で公正な勤務制度を用意するが、勤務表作成と変更、休暇付与、勤務人員変更など細部事項は医療機関別に労使合意して施行する。
  (出所)チョン・ギョンウン「保健医療産業の労使関係評価と展望」(労働レビュー2019年1月号)労働研究院、72頁
<表B>非正規職の正規職転換合意案
 ①医療機関はこれ以上非正規職を拡大しない。
 ②公共医療機関の非正規職正規職転換は中央労働委員会調停案による。
 ③民間医療機関は、2020年までに非正規職(無期契約職含む)を全面正規職化し、毎年段階別計画を用意して施行する。
 ④医療機関は非正規職(無期契約職含む)使用現況に対する資料を定期的に労働組合に提供する。情報の提供範囲は次のとおりとする.
 ガ. 非正規職使用部署と比率(毎月)
 ナ. 非正規職使用人員現況(毎月)
 ダ. 間接雇用非正規職使用現況及び契約内容(契約締結時及び契約延長時)
 ⑤病院は、非正規職正規職化過程で差別と勤労条件低下が発生しないようにし、細部事項は、医療機関別に労使合意して施行する。
  (出所)チョン・ギョンウン「保健医療産業の労使関係評価と展望」前掲、73頁
 保健医療労組は、こうした職場で働く医療従事者の労働条件改善や労働権尊重の課題と並んで、韓国における医療の改革にも取り組んでいるのが印象的でした。とくに、感心したのは、2015年に、『大韓民国 医療革命』(500頁を超える分厚い本)を多くの研究者の協力を得て保健医療労組として刊行しているということでした。
大韓民国医療革命
 営利主義がはびこる医療業界を大きく変え、「お金より生命を」を標語に公的医療を拡大する必要性を世に問うたのです。その内容は、文在寅政権の保健医療政策(2018年)にも、かなり取り入れられたそうです。患者と労働者を尊重する病院づくり、「組合員10万人」実現、公的医療拡大など、実績に基づいた目標と今後の展望を語る組合役員(企画室長と事務局長)の話は自信に満ち溢れていました。
 保健医療労組から話を聞いた後、今から30年前、イタリアで過ごしたときに聞いた、イタリアの著名な労働法研究者の次のような話を思い出しました。
 「労働組合は、現場にしっかり足をつけて闘いながら、それにとどまらず、高い視野から周囲の社会を広く見渡せる『ケンタウロス』のような活動をしなければならない」

 

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