第4回 「働き方改革法」施行 1日8時間労働を原則に

施行された「働き方改革法」と複雑化した「残業上限規制」

 
 昨年(2018年)成立した「働き方改革法」により、2019年4月から改正労働基準法が施行されました。大企業は4月1日から、中小企業は来年(2020)年4月1日から適用を受けることになります。「働き方改革法」では、労働基準法の労働時間関連規定の改正が最大の焦点となり、残業時間の上限が初めて法定されました。政府は、これを労働基準法に残業上限規制を導入した「大改革」と強調しています。しかし、上限規制と言っても最長で「過労死認定基準」(月80時間、年960時間)に相当する超長時間が上限とされており、新たな問題も生じています。
  つまり、この上限規制では、日本の雇用社会に蔓延している長時間労働の現実を根本的になくすよりも、事実上、それを追認する危険性が高いということです。なぜなら、上限規制に違反すれば罰則が適用されることに対して使用者側からの反発が強く、世界的に「異様」ともいえる長時間の上限が設定されたからです。これでは、逆に、「(過労死認定水準の)長時間残業も許される」という誤ったメッセージになることが心配されます。日本の長時間労働を改善するためには、改正法によるマイナスの効果が広がらないようにすることが重要です。
  そこで、このエッセイでは不定期になりますが、働く労働者の視点から「働き方改革法」の意味を、できるだけ基本に戻って考えてみたいと思います。
 
法定労働時間を1日8時間原則にするのが本来の改革
 
 まず、日本の労働基準法は、現在、次のような原則を定めています。
労働基準法第32条(労働時間)
   使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。
 2 使用者は、1週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き1日について8時間を超えて、労働させてはならない。
  1947年制定の労働基準法は、労働時間は1日8時間を超えてはならないとする「8時間労働」を定めました。他方、週1日以上の休日が定められていましたので、1日8時間で週6日働き、合計1週48時間以内とするのが労働基準法の法定労働時間でした。
  その後、世界標準が週40時間制になってきましたので、それを日本に導入することが課題となりました。1987年改正で、この第32条が改正されました。このとき、政府は、週40時間制導入に反対する経営者側の不満を抑えるために、週40時間を前面に出して、1日8時間を第2項に後退させ、また、多くの変形制など弾力的労働時間制を合わせて導入したのです。
  とくに、1週40時間を原則としたということは、「労働尊重」の理念に基づいて労働者の生活や健康を保障するという「1日単位規制」の意味を弱めるものです。その結果、重大な問題が生じてきました。つまり、この時期から拡大した多様な変形制、裁量労働制など「弾力的労働時間制」が広がる中で、労働者の生理や生活を歪める変則な労働が拡大し、心身の健康を損ねて過労死などが広がる大きな要因になったことです。
  これに関して、森岡孝二さんは、次のように指摘しています。
 「ここ30年あまりの労働時間制度の規制緩和の流れを簡単に振り返っておこう。
 起点は1987年の労働基準法の改定である。この改定によって、労働時間の上限に関する規定が「1日8時間、1週48時間」から「1週40時間、1日8時間」に変わった。これによって週40時間労働制に移行したこと自体は前進である。しかし、もともとは1日の上限がまずあって、そのうえで1週の上限が示されていたにもかかわらず、改定後は順序が逆になって、1日8時間は1週40時間の割り振りの 基準に落とされた。その狙いは、1日8時間の規制を緩和し、変形労働時間制を拡大することにあった。人間の生活時間は24時間の自然日を周期としている。そうであれば、労働時間の規制は1日の上限規制を基本にしなければならない。にもかかわらず、肝心の1日の規制が緩められたのである。
森岡孝二『雇用身分社会の出現と労働時間』(桜井書店、2019年2月)252頁
  過労死を発生させる現状を改めるためには、働く人の生命・健康、生活、人権を保障する「労働尊重」の理念からは、「1日8時間労働の原則」を明確にすることが重要です。この30年間の労働時間法制改編の結果、原則から大きく離れた多様な例外が数多く作られてしまいました。労働法の専門家でさえも、現在の労働時間法制は複雑過ぎて分かりにくい程です。昨年の法改正は、この複雑な労働時間法制をさらに輪をかけて複雑にしました。
  働く労働者の立場からは、改めて「1日単位の労働時間規制」が重要だと言えます。私は、現在の労働基準法第32条第2項の「1日について8時間を超えて、労働させてはならない」という規定を第1項に戻し、第2項と第1項を入れ替える立法改正が必要だと思います。
 
連続長時間労働を防ぐためにも1日8時間労働原則を
 
 とくに、勤務医の場合、当直後も通常勤務して32時間を超える連続長時間労働に従事する例も少なくないようです。関西医大研修医過労死裁判では、研修医は、亡くなるまでの約2カ月半に計388時間30分もの時間外勤務に就いたこと、そこでは深夜勤務54時間、休日勤務126時間も含まれていたが、この中で、「定期的に夜勤(副直)にも就いているが、驚くべきことに、夜勤明けでも休暇はなく、そのまま午前7時30分からの通常勤務に従事する実態であった。これによって、実に38時間半もの連続勤務に、再三従事していた」ということです〈「研修医の過労死に初の司法判断」弁護士 岡崎守延(民主法律時報358号・2002年3月〉。
  こうした長時間連続労働を許さないために、EU諸国では、勤務と勤務の間に一定の最低11時間の休息時間を置く「インターバル制」を採用しています。この「インターバル制」は、「1日8時間労働制」とも共通した「労働尊重」の理念に基づくものと言えます。今回の「働き方改革」法では、「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」の改正により、制度は導入されましたが、企業の「努力義務」にされたに過ぎません。これを労働基準法上に、違反については罰則を伴う法的義務として規定することが必要だと思います。当面、労働協約で、この「インターバル制度」を導入し、労働者の権利として確立することが望ましいと思います。
  1日8時間労働の原則が後退した1987年労働基準法改正から、30年が経過しました。この30年間に変形労働や裁量労働など、多様な弾力的労働時間制が導入されました。その結果、「過労死」「過労自殺」を生み出す長時間過重労働が蔓延しました。これは世界的にも異常なことです。法改正はありましたが、多くの職場で1日8時間労働原則の意義を再確認することが重要です。さらに、団体交渉や労働協約によって、その原則を確立することが可能です。それを拡張適用し、将来的には立法(労働基準法改正)を展望した取組みに結びつけることが必要だと思います。
 

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