メキシコで、派遣・外注の原則禁止を定める法案を国会に上程する動きが報じられました。
日本貿易振興機構(Jetro 以下「Jetro」と略称)は、11月13日、メキシコが「人材派遣を原則禁止する連邦労働法改正法案を国会に提出へ」という記事を掲載しました。それによれば、アンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール大統領が、11月12日早朝の記者会見で、「人材派遣サービスを規制する意向を明らかにし」「連邦労働法など複数の法律改正案を国会に提出する」とのことです。
法改正案の背景
ルイサ・マリア・アルカルデ労働社会保障相は、この法改正の背景として、以下のことを指摘したということです。
・メキシコの外注または下請労働力が2003年の約100万人から2018年までに約460万人に増加したと推定される。(AP_2020.11.13 )
・4,709回の事業所査察を行った結果、約1,200社が違法な人材派遣サービスを利用しており、86万2,489人の労働者に悪影響が及んでいる。(Jetro_20201113)
・違法な人材派遣会社は、法律が定める福利厚生や社会保険を労働者に提供していないだけでなく、実際よりも低い給与を登録する行為などを通じて税金の支払いも逃れており、国庫にも悪影響を及ぼしている。(Jetro_2020.11.13)
・こうした慣行が法律が義務づける従業員への給付(benefits)を支払うことを回避するために、悪用されている。(AP_2020.11.13 )
・802人の労働者が働く、カンクン〔=ユカタン半島の観光地〕のホテルでは、従業員として登録されたのは2人だけで、他の労働者の多くは虚偽の3か月契約としていた。さらに、年功の蓄積を防ぐために3か月ごとに別のフロント企業で再雇用したり、賃金を虚偽で最低賃金額に設定して使用者としての社会保険料負担を低額にするなど、多くの脱法的手法を使っていた。(AP_2020.11.13 )
・一部の企業は、クリスマス前に労働者を解雇し、年末のボーナスの支払いを避けるために1月または2月に再雇用しており、2019年だけでも、その数は38万人以上の労働者に及んでいる。(AP_2020.11.13 )
連邦労働法などの改正案
連邦労働法改正案は、「人材関連サービス」を3種類に分類しています(法案12~14条)。これに合わせて、社会保険法、労働者住宅基金法、連邦税務総則法(CFF)、所得税(ISR)法、付加価値税(IVA)法も改正されます。(Jetro_2020.11.13)
その結果、Jetroの報道内容を基に、現在の法案の内容を次の表に整理してみました。(参照 Jetro_2020.11.13)
対象分類 | サービスの内容 | 連邦労働法の規制 | 関連法の規制 |
(1)人材派遣 | 自社が正規雇用する労働者を他社の事業所に派遣して労働をさせるサービス | 原則禁止 | 各種税法の改正により、(1)に該当する人材派遣サービス対価の支払いをISR法上の否認経費とし、法人所得税算定の際に費用控除できなくする。また、IVAの仮払い処理の対象からも除外する。 |
(2)専門サービス・工事提供 | 他社の事業所に人材を派遣するサービス | ・派遣先企業の定款などに記載される事業目的(本業の経済活動)以外の専門サービスを行うスタッフに限定・清掃、警備、税務・会計、専門工事などが相当・労働社会保障省(STPS)の許認可を得ないと活動ができない。 ・合法的な専門サービス派遣業者のリストを整備し、インターネット上で公開し、リストにない業者の営業禁止 |
(2)の専門サービスなどへの支払いは損金算入やIVAの仮払い処理が可能だが、専門サービス派遣業者がSTPSの許認可を得ていることをサービス利用者が証明する義務が生じる。るため、(2)の専門サービス派遣会社を活用した企業に対する社会保険庁(IMSS)などへの報告義務を課す。
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(3)職業紹介 | 顧客の要望に応じて人材を選定し、研修などを施し、顧客との雇用契約を締結するまでのサービスを提供する企業 | ・人材紹介会社は紹介する労働者の雇用主にはならない ・許認可は必要ない。 |
(2)の専門サービスなどへの支払いは損金算入やIVAの仮払い処理が可能だが、専門サービス派遣業者がSTPSの許認可を得ていることをサービス利用者が証明する義務が生じる。 |
法案をめぐる今後の動向
この法案がどのようになるか、現地ビジネス界の見方として次のように報じられています。
アムロ大統領が基本的に左派政府を標榜しており、アウトソーシングによる脱税や労働者権利の剥奪などを問題視し、話題拡大に重点を置いていること、また、現在議会の過半数を政権与党が占めていることから、法案修正が比較的容易である。(韓国日報)
ただし、経済界からは、強い反対の声が出ているとのことです。(Jetro_2020.11.16 )
メキシコ企業家調整評議会(CCE)は、11月12日、政府が人材派遣サービスを原則禁止する法案を国会に提出したことを受け、経済界への事前の相談がなかったことに強い不満の意を表する声明文を発表した。(Jetro_2020.11.16 )
そして、法案への反対論には、メキシコでは、「全就労者数約5,535万人のうち、合法的な雇用契約がなく社会保険にも加入していないインフォーマル就労者の割合は56.1%(約3,104万人)に上」り、「メキシコの労働法では、期限付き雇用の条件が厳しく、定年制もなく、原則として無期限雇用が求められるため、需要に応じた柔軟な労働力の調達が難しい。それを補うために人材派遣スキームが活用されてきた」ことから、経済界は、「これを禁止することは正規雇用を増やすよりも、インフォーマルな就労形態を増やすことにつながると警鐘を鳴らしている」とも報じています。
また、進出日本企業にとっての問題としては、
・人材派遣会社を設立して同一企業グループ内に人材を派遣する、通称「インソーシング」が認められなくなる
・季節要因が大きな業種などで需要に応じて柔軟に労働者を増減させるために派遣会社を活用することができなくなることが指摘されています。(Jetro_2020.11.13)
他方、韓国日報11月8日の報道では、
「財界の激しい反発が予想されるが、アムロ大統領のアウトソーシング規制法案は順調に進むものと予想される。
アムロ大統領が労働者の権益を伸長させるという意志を示し、論議を意識したにもかかわらず、持続的にマスコミに露出させる背景には、すべての状況に計算が敷かれている」
「来年初めに規制法案が具体化するとの見通し」
と指摘しています。
労働法後進国からの脱却のために
メキシコは、労働時間が長く、最低賃金が低いという点では、世界最悪とされてきました。OECD諸国の中では、韓国、日本も類似した状況で、「労働法後進国」としては共通した状況にあります。労働法の適用を十分に受けない「インフォーマル」な労働者が6割に達するなど、非正規雇用が4割に達する日本や韓国よりも過酷な状況があります。
その背景としては、2012年、当時の政権が、新自由主義的政策をとって、労働法の大改正によって、「雇用形態の拡大による雇用の柔軟化」を進めました。とくに、「派遣契約の規定が見直され、労働者に対して責任を負うことなく労働者を使用できるメカニズムの確立に道を開いた」とされています。(国際労働財団「2018年 メキシコの労働事情」 )
しかし、2018年7月1日の大統領選挙で、国家再生運動(Morena)のアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドール(通称:AMLO)氏が当選しました(12月1日就任、任期は6年)。新大統領は、「2019年予算の編成については選挙公約を盛り込むとし、年金給付額の引き上げや、若者の教育、労働者の権利保護対策を取り入れるとも述べた」ということです。(国際労働財団「2018年 メキシコの労働事情」 、 詳しくは、JIL「メキシコで左派大統領が誕生―最賃引上げなどの労働政策がひとつの柱に」 参照。)
現在、世界では、コロナ禍で雇用脆弱層に被害が集中しています(OECD, Employment Outlook 2020)が、日本でも、多くの非正規雇用労働者が雇い止めに遭って、前年比で約120万人も減少していることが指摘されています。短期的には、こうした非正規雇用(パート・アルバイト、有期、派遣)や、外注、名ばかり個人事業主の形式で働く人々の雇用と生活を守ることが大きな課題ですが、長期的には、こうした雇用脆弱層そのものを無くすことが課題となっています。
とくに、1985年法に制定された労働者派遣法は、労働法規制緩和の中核に位置付けられました。当初の例外として導入から、対象業務が次々に拡大され、99年には「対象業務の原則自由化」が拡大しました。派遣労働者が、2008年のリーマンショック時の「派遣切り」と同様な雇い止めに遭っています。2012年民主党政権の下で、一部規制が導入されましたが、安倍政権は、業績が落ち込んでいた派遣業界からの要望に応える形で、2015年派遣法改正を進めました。均等待遇を掲げた2018年改正も、現実には正規雇用との差別を温存するものでしたが、派遣の場合には、低賃金の現実を追認するための抜け道が用意されています。
欧州諸国(EU)では、非正規雇用であっても「非差別(non-discrimination)」を原則に「均等待遇」を定める点で各国が共通した法規制を定めています。また、韓国では、均等待遇だけでなく、上限2年を超えた時には、派遣先が直接雇用(正社員化)するという派遣法規制であり、最高裁(大法院)が、大企業での違法派遣の事例で、派遣先に直接雇用を命じる判決を連続して出しています。また、国や自治体が先頭に立って、非正規職の正規職化を進め、そこでは、派遣や事業場内下請などの「間接雇用」も正規職化の対象としています。文在寅政権では、約18万人の公共部門(国や自治体)での非正規職の正規職化を実現しました。
これに対して、日本の労働者派遣は働く者にとっては、①雇用不安定、②差別待遇、③無権利、④孤立の状況などの大きな弊害を生み続けています。日本の労働者派遣は「毒の缶詰」と言えるもので、国際的には余りに異常で、「ガラパゴス化」した働かせ方と言えるものです。(脇田滋「『ガラパゴス化』した日本の労働者派遣法 - 異形化した制度と抜本的見直しの課題」季刊労働者の権利336号(2020年7月)、脇田滋「国際基準にもとづく派遣法抜本改正の課題-共同使用者責任拡大と派遣労働の弊害排除-」労働法律旬報1951・52号(2020年1月)参照。)
日本、韓国、メキシコは、OECDの中では、多くの点で最下位を争う「労働法後進国」です。菅政権は、安倍政権を継承することを標榜し、竹中平蔵氏(パソナ会長)をブレーンとして、労働分野でも新自由主義的な路線を進もうとしています。しかし、韓国やメキシコは、劣悪で過酷な雇用環境を、政府を先頭にして、従来の労働者保護に欠ける法制度を自ら修正しようとしています。既に、日本の雇用・労働をめぐる劣悪状況は限界に達しています。こうした視点から、メキシコでの新たな労働法改正の動向は日本と無関係ではありません。今後の動向に大いに注目したいと思います。