生活保護バッシングを考える(その1)

生活保護基準の引き下げは何をもたらすか
社会保障改革推進法

2012年6月に民主・自民・公明3党によって社会保障改革推進法(以下―「推進法」)が可決成立した。安倍自公政権はこの法律に添って社会保障制度「改革」を進めようとしている。
この法律は第1条「受益と負担の均等のとれた持続可能な社会保障制度の確立を図るため、社会保障制度改革」を行うとし、第2条の基本的な考え方では「自助共助〔中略〕家族相互及び国民相互の助け合い」を重視し、国と地方自治体の役割を後景に追いやって、財源には消費税をあてるとしている。
「推進法」は国民会議を設置し、公的年金、医療保険、介護保険、少子化対策(保育問題)を抜本的に見直すものである。「推進法」の附則には生活保護の不正受給の厳罰化、生活保護基準の引き下げ、就労支援と扶養義務の強化を言明している。このため2013年8月から3年かけて740億円以上を削減し、2013年度は670億円を削減するというものである。

戦後最大の基準引き下げ/基準引き下げは国民生活すべてに影響
安倍政権は今年8月から3年かけて生活保護基準を引き下げようとしている。平均で6.5%、最大で10%を引き下げである。こんな引き下げは過去に前例がない。小泉政権時代に基準が下げられたが、2003年0.9%、2004年0.2%だった。この影響はたんに生活保護の問題だけに止まらない。国民生活に大きな影響を及ぼすことになる。
第1に最低賃金に影響する。最低賃金法9条3項は「生活保護に係る施策と整合性に配慮する」と明記しており、生活保護基準引き下げによって最低賃金が下げられる可能性が大きくなると言わざるをえない。
第2に各種減免制度に影響する。公営住宅家賃減免、国民健康保険料減免、国民健康保険の医療費一部負担金減免、介護保険料減免、就学援助などの認定基準は生活保護基準をもとにしているものが多い。従って生活保護基準が引き下げられることによって制度から適用除外される人が確実に増える。
第3に住民税非課税限度額との関係である。住民税非課税となる所得限度額基準は生活保護の級地と連動している。生活保護の級地は1級地から3級地まである。大阪市や堺市などの大都市は1級地で1人35万円以下が住民税非課税となる。2級地は富田林市や羽曳野市などの中規模の都市で31万5000円以下、3級地は岬町などの郡部で28万円以下である。下記の表を参照していただきたい。

住民税非課税となる所得限度額基準表(全生連『自主申告の手引き2013年版』)
   生活保護の級地 1人 2人 3人 4人   
1級地 35万円 91万円 126万円 161万円   
2級地 31万5千円 81万9千円 113万4千円 144万9千円   
3級地 28万円 72万8千円 100万8千円 128万8千円 
(注)1級地の住民税非課税基準は1人35万円、2人以上はこれに21万円を加算する。
例えば4人世帯で所得160万円以下であれば、住民税非課税だが、生活保護が10%引き下げられると住民税非課 
税基準は144万9000円になってしまい、4人世帯の非課税限度額は144万9000円に下がる。そうすると住民税非課  
税だったものか2万7900円を課せられ、同時に各種制度の負担が増加する。例えば70歳未満の高額医療費委任払
いは非課税時に3万5400円だったのが、課税されることによって8万100円に跳ね上がってしまう。3歳児未満の保育
料(国基準)は9000円から1万9500円になる。以下のページの花園大学吉永純教授が作成した以下の資料を参照
していただきたい。
住民税非課税が課税になると各種制度の負担は増加(花園大学吉永純教授の資料より)
    住民税非課税 住民税課税   
医療費の自己負担限度額(70歳未満) 上限3万5400円 上限8万100円以上   
介護サービス自己負担 上限2万4600円 上限3万7200円   
障がい者の居宅・通所サービス料 負担なし 所得に応じて9300円以下、3万7200円以下   
保育料(国基準) 9000円(3歳未満) 1万9500円(税額によって保育料が上昇) 

厚労省の生活保護基準引き下げ「理由」のまやかし
  生活保護基準は1983年から水準均衡方式をとっている。水準均衡方式とはその年度に予想される一般国民の消費動向をふまえて改定するもので、生活保護基準は一般勤労者世帯の消費支出額の約70%になるように算定されている。
今回、厚労省が引き下げの根拠とするのは、2008年と2011年にかけて消費者物価指数(CPI)がマイナス4.78%になったからだとしているが、これはまやかしである。厚労省が算定した物価指数には食料・水光熱費・被服・履物などの生活必需品に加え、テレビ、ビデオレコーダー、パソコン、カメラも含んでいる。
2010年から2012年にかけての生活必需品の物価下落率は食料99.7%、住居99.5%、被服・履物99.7%などである。逆に水光熱費は107.3%、交通・通信は103.5%も上っている。
一方、家具や娯楽費等は大幅に下落している。液晶大型テレビ66.1%、ビデオレコーダー47.2%、ノート型パソコン63.5%、カメラ57.7%などである。厚労省はこれらを含めて物価指数が大幅に下がったから、生活保護基準を下げると主張しているのだ。はたして生活保護利用者が、価格が大幅に下落したテレビ、ビデオレコーダー、パソコン、カメラを買っているのか?
日本福祉大学の山田壮志郎准教授の調査によると生活保護の生活扶助額(注2)に対する電化製品の購入額比率は0.82%に過ぎないという結果であった。生活と健康を守る会もこのアンケート調査に協力した。生活保護を利用している約百人の会員にアンケートを行った結果、99%の世帯が2010年から2012年のあいだにパソコン、カメラなどの電化製品などは購入したことがないと回答している。
2012年12月に全大阪生活と健康を守る会連合会(大生連)が取り組んだ生活保護利用者のアンケート(348人分)では、生活保護費の中で食費を削ると回答したのは81.5%、衣類の購入を控える(おもに下着)は91.8%、交際費・冠婚葬祭費を削るは81.8%、文化教養費(おもに新聞)77.1%という結果が出ている。大阪市内に住む70歳の生活保護利用者の生活扶助基準は7万5770円(注3)である。電気製品などの「ぜいたく品」が下落したといってもこの基準では買う余裕はない。
(注1)「生活扶助相当CPIの問題点−生活保護世帯の消費実態を反映しない物価指数」(2013年4月9日)
(注2)生活扶助とは生活費のことで?類(食費・衣類など)と?類(什器・備品など)の合計したもの。?類は年齢によ  
って金額が異なる。?類は世帯数で異なる。
(注3)70歳の生活扶助基準は?類3万2340円、?類4万3430円。?類は年齢によって異なり、?塁は世帯数によっ 
て異なる。

生活保護基準の引き下げによってナショナルミニマムの底が抜ける
生活保護法第1条は「日本国憲法第25条 に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障する」とし、第3条ではその「最低生活」というのは「〔略〕健康で文化的な生活水準を維持することができるものでなければならない」と明記している。日本では全国最低賃金制が確立されていないために、この生活保護基準が「健康で文化的な最低生活」になる。30歳の単身世帯であれば生活扶助基準は8万3700円(注4)で、これが「健康で文化的な最低生活」基準である。
現在の生活保護法は1950年に制定され、その中心的役割を果たした当時の厚生省保護課長小山進次郎が著した『生活保護法の解釈と運用』(中央社会福祉協議会刊)に「最低生活基準」とは何かを明確に述べている。
その総収入が単なる肉体的能率を保持するに足りる生活水準」から「真に人間らしい生活水準は〔中略〕食物、住居、被服等の人間の物質的欲望だけでなく、同時に見苦しくなく、而(しか)も、心地よい被服、種々の生活上の不幸に対する保険、ある程度の教育と娯楽などの若干の愉楽(ゆらく)を可能にする生活水準」であり「決して固定的なものではなく流動的なものであり、一般的に云えば絶えず向上しつゝあるもの」(P116〜P117)
しかし、今日の事態はこれに逆行している。繰り返すが生活保護基準の引き下げは、たんに生活保護だけの問題に止まらない。国民全体の暮らしに関係してくる。日本のナショナルミニマムの底が抜けてしまうのである。               (つづく)
              (注4)20歳〜40歳の?類は4万270円、?類は4万3400円。

 

 

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