森岡孝二 働き過ぎの日本人。不幸な死を防ぐ法が必要(北海道新聞)

「北海道新聞」2012/11/24 はなし抄

関西大経済学部教授 森岡 孝二さん
(11月17日、札幌市中央区の「過労死を考える市民集会」より

 働き過ぎが原因の「過労死」が社会問題化して25年になりますが、若くして命を落とす例は後を絶ちません。近年は非正規雇用者の増大や貧困問題とも重なり、状況は悪化しています。命より大切な仕事なんてありません。23日の勤労感謝の日を機に、働き方を見つめ直しましょう。

 脳出血や心筋梗塞などで身体を壊すのが過労死、うつ病の発症など精神の破綻が原因となるのが過労自殺です。国は過労死の明確な統計を作っていないので、厚労省がまとめた労災請求状況を見ると、過労死は過去10年で1・3倍(2011年度で約900人)、過労自殺は同じく5倍(同約1300人)となっています。

 大手居酒屋チューンで働いていた26歳の女性社員が4年前、入社から2カ月後に自殺したことが社会問題になりましたが、外食業界に限らず「過労死ライン」とされる月80時間以上の残業がある企業は珍しくありません。中には、80時間を超える残業代を初任給に組み込んでいた、ひどい会社もありました。

 過労死が減らない背景に「男は残業、女はパート」といった「日本的男性正社員」のモデルがあります。規制緩和の影響で15年前と比べ正社員は500万人減りましたが、非正規労働者は650万人増えました。労働が(正社員から非正社員に)置き換えられ、男性正社員の仕事量は増え、今も年2700時間を超えて働いています。経済協力開発機構(OECD)加盟国でも、日本人は働き過ぎで、さらに賃金が下がり続けています。こんないびつな国は先進国では日本だけです。

 情報化の波もあります。インターネットの発達で仕事のテンポが速くなり、競争が激しくなりました。余暇中でも仕事が追いかけて来る状態です。今日の私もそうですが、パソコンを持っている限り、出張先までメールが届き、この講演後も文章を送らなければなりません。「在宅ワークが浸透し、それまで通勤などに使っていた時間を持て余ますようになるなんて、ばら色の未来はやって来ませんでした。

 もう一つ重要な変化は、1970年代に盛んだったストライキがなくなったことです。大企業の労働組合は会社寄りになり、無力化が進みました。会社人間にななって時短要求を放棄し、むしろ労組と会社が結んだ三六協定が過労死ラインを越えています。監督行政も、表向きは労働環境の是正に取り組んでいますが、野放し状態です。

 貧園問題とも通じますが、本当は最も政治的な助けが必要な人が自分のことで精いっぱいになり、声を届けることができず、政治から遠ざけられています。労働者は会社に改善を申し出しにくいし、競争が激化している会社も、個々で取り組むのは難しいでしょう。

 だからこそ過重労働対策の基本を定める過労死防止基本法を制定する必要があります。制度を見直し、1日の最長労働時間、時間外労働は、1日、1週、1月、1年単位で上限を設定。最低休息時間制度も導入すると同時に、時間外労働の賃金割増率も引き上げるべきです。基本は「過労死はあってはならないこと」と国が宣言し、国や自治体、事業主の責務を明確にすることです。

 自殺者が年3万人を超える状況に対処するため、2006年に自殺対策基本法が制定されました。その後は、国が「就職活動の失敗による自殺」など、細かい調査を行い、対策を考える元になる基礎資料も格段に整備されました。今後も過労死をなくす法の制定を目指し、多くの署名を集めて世論を喚起する運動を進めていきます。(一部字句を補正)

 もりおか・こうじ 44年大分県生まれ。69年京都大大学院博士課程を退
学。経済学博士。83年から現職。企業社会論や労働時間論が専門で、過労
死防止基本法制定実行委員会の委員長。著書に「働きすぎの晴代」(岩波
新車)など。68歳。

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