第261回 残業代がゼロになったらワークライフバランスが充実します!?

ネットの「ニコニコニュース」に、安部政権が成長戦略に書き込んだ「新たな労働時間制度」(残業代ゼロ制度)について以下のような記事が出ています。

見出しは「残業代ゼロ時代が到来! もう残業代で稼げない!?」となっています。ところが、「残業代ゼロ」法案で、「残業が出来なくなったらどうなるのでしょうか」と問いかけて、「残業ゼロによりワークライフバランスが充実する」と言います。その理由はこうだというのです。

「残業がなくなり、皆が定時で帰宅するようになると、長時間労働における無駄が解消されます。仕事の後に自己啓発のための学習をしたり、人付き合いを積極的に行ったりといったこともできますし、子供がいる家庭ではより早い時間に保育園に子供を迎えに行くこともでき、夕食以降の時間にゆとりができます。いわゆるワークライフバランスを充実させることができるという点で大きな効果があるのです。/また、仕事を終業時間までに終わらせなければならないという意識も働くため、生産性を上げ、効率的に仕事を片付けられるようになるでしょう」。

これは意味不明です。労働時間の規制を外せば、労働時間は無制限となるので、残業という概念がなくなり、したがって残業代もなくなるというのなら分かります。しかし、それと同時に、時間内と時間外の区別がなくなるのですから、所定であれ法定であれ、定時という概念もなくなります。たとえ名目的に残っても意味をなさなくなります。具体的な例で示しましょう。

?8時間労働の場合
9:00         17:00   18:00    
←   所定労働時間  →←法内残業→

?10時間労働の場合
9:00          17:00   18:00   20:00
←   所定労働時間  →←法内残業→← 法外残業 →

?の所定労働時間は、就業規則や雇用契約で示されている労働時間です。大企業は7時間15分が多いようですが、ここでは説明の便法上1日7時間と仮定します。この所定時間は、ほとんど「ないも同然」なほどに名目化していますが、建前どおりなら、所定外残業が1時間あるので、通常の時間当たり賃金の1時間分を支払わなければなりません。この場合、法定外残業はないので、企業は割増賃金を支払う必要はありません。

?は所定7時間、実働10時間なので、法定内残業が1時間、法定外残業が2時間あります。この場合、企業は通常の時間賃金が2000円とすれば、支払われるべき残業代は2000円+(2000×1.25×2)で7000円になります。

労働時間の規制が外されるということは、定時もへったくれもなくなるのですから、こんな計算の必要もなくなります。残業代ゼロ制度の推進論者は、ホワイトカラーの賃金は時間ではなく成果に応じて支払われるべきだと言いますが、ホワイトカラーの賃金も、所定内給与と所定内労働時間の関係で決まる賃金の単価(1時間当たりの賃金=賃金率)を基準に支払われています。この「時間賃金制」を壊せば、何時間働いても賃金は定額の「固定賃金制」になってしまいます。

残業代がゼロになれば早く帰れるというのはまったくのウソです。もしそうなら、1日15時間働かせても残業代ゼロのブラック企業がはびこるはずがありません。労働時間の規制を外して残業代をゼロにすれば、効率的に働いて高い成果をあげる人は早く帰れるというのも見え透いたウソです。仕事はホワイトカラーでもチームワークが大切ですから、みんなが午後の8時、9時まで働いているときに、「私帰らせてもらいます」と言うわけにはいきません。むしろ仕事ができる人ほど多くの仕事が集まって、より猛烈に働くようになることが目に見えています。

もう一つ付け加えれば、労働時間の規制を外すことは時間賃金の基準をなくすだけではありません。労働時間の規制を外すことは働きすぎの基準をなくすことです。それでなくても、日本は労働時間の規制に抜け道があるために、わたしたちは「死ぬほど働く」ことをもって、働きすぎとみなす傾向があると言えます。いまでさえ死ぬほど働いている日本をさらに働きすぎの国にしてはなりません。

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