第60回 ワクチン接種について考える(2)ー 「不可欠業務従事者」を大切にする社会へ

混迷をきわめる無原則なワクチン接種

政府が決めた接種順位(2021年1月)

 前回のエッセイ(第59回 ワクチン接種について考える(1)~ 感染症無策と「ワクチン頼み」)を書いてから、日本政府主導のワクチン接種は混迷をきわめています。政府は、以下の通り、今年1月、ワクチン接種について、全国の自治体がその接種主体となり、外国製のワクチン確保が限られていることから、優先順位を決めました。そして、最優先順位は、新型コロナ・ウィルス(Covid-19)との闘いの医療現場で働く医療従事者としました。その一方で、感染すると重症化しやすい「高齢者」、「基礎疾患をもつ人」を挙げました(首相官邸HPの発送フォーラム「新型コロナワクチン接種の目的等について」)。

3. 接種順位について
 医療提供体制の確保等のため、まずは医療従事者等への接種、次に重症化リスクの大きさ等を踏まえ、高齢者、その次に高齢者以外で基礎疾患を有する者、高齢者施設等の従事者に接種することを検討中であり、今後速やかに決定する。
 その後、それ以外の者に対し、ワクチンの供給量等を踏まえ順次接種をできるようにする。

 しかし、ワクチン接種は、なかなか進まず、首相官邸が示す接種率のグラフでも、2月、3月は接種率ゼロが続き、4月13日になって摂取率0.01%の数字がようやく現れるという、OECD諸国の中で最低という、お粗末な状況でした(詳しくは、前回エッセイ参照)。当時、日本にも変異株(イギリス型)が広がり始めており、大阪では急速な感染拡大で医療崩壊する状況でしたので、日本政府が口では「ワクチンが最重要と」言いながら、実際には遅遅として進まないワクチン接種について国会でも繰り返し問題指摘がされていました。

オリパラ開催のためのワクチン接種急加速

 接種率(第1回目)が全体で1%を超えたのは、ようやく5月13日でした。その後、専門家(尾身茂・政府分科会会長ら)の開催への懸念や、「国民の生命を賭けてオリンピックを開催するべきでない」とする中止論に対して、菅首相は「安心安全なオリンピックにする」という短い言葉を繰り返しました。そして、菅首相が新型コロナ対策として重視したのは、唯一ワクチン接種で、その接種率の引き上げを加速することに注力しました。そして、政府の接種急加速の強引な手法が次々に浮かび上がってきました。これは、1月に政府自身が決めた「接種順位」の基本を歪めるものです。

 ところが、さらに呆れることに、接種加速をしてきた政府ですが、7月になって自ら接種するワクチンが不足していることを理由に、接種加速に自らブレーキをかけたのです。1日100万回接種を実現することに全力をあげていたのに、自治体は肩透かしをされることになりました。明石市の泉市長は「国を信じてごめんなさい」と市民に謝罪をしました(TBSニュース2021年7月3日)。市民への接種拡大に追い立てられていた自治体現場は、混乱をきわめることになり、接種に期待していた多くの市民は期待を裏切られることになりました。

 また、政府が、始めたばかりの「職域接種」について、モデルナワクチンの配送が追いつかないという口実で、「現時点で確認済みになっていない会場については、順次確認作業を行った上で、基本的に8月9日の週以降に、接種を開始」として、職域接種拡大に急ブレーキをかけることになったのです(新型コロナワクチンの職域接種の総合窓口)。多くの企業や大学が肩透かしされることになりました。政府自身が、アクセルをかけて間もないのに急ブレーキをかけた大失態です(「職域・大規模接種 新規中止 政府、急ブレーキ 見通し甘く」(毎日新聞2021年6月30日))。

 なお、IOCは、オリンピック選手についてファイザー社のワクチンを確保したとし、選手優先の接種が明らかになり、その後、要人、ボランティアのワクチン接種が行われるとの方針が示されました(【東京五輪】ボランティアのワクチン優先順位は「選手、要人と接触する人から」東スポ2021年6月9日)。また、自治体の中では、三重県が高齢者の次のワクチン接種順位として「オリンピック関係者」を挙げています(「県内の“オリパラ”関係者にもワクチン優先接種を 県が指針」(NHK2021年7月1日))。

ワクチン接種優先順位への疑問

介護施設等で多発した感染クラスター

日本ではワクチン接種の優先順位が、医療従事者、65歳以上の高齢者が最初に接種する対象とされました。当初はワクチンの確保や接種の進まない一方、介護労働者等、対面業務のエッセンシヤルワーカーの接種が後順位とされて接種が遅れた。その結果、3月~4月にかけて介護施設での感染クラスターが各地で発生しました。こうした高齢者施設でのクラスター発生は、後に医療崩壊を引き起こす大阪府で、第3波のときに問題化していました。そして、「市中感染が広がると、医療機関や施設の職員や新規の入院患者等が感染を医療機関等に持ち込むリスクが高まり、クラスター発生が頻発しやすくなる」ことが指摘されていました(「新型コロナウイルス感染症 病院・高齢者施設感染クラスターケーススタディ 2020-大阪-」大阪府健康医療部・大阪府保健所長会2021年1月)。以下は、4月以降の第4波で医療崩壊状態になった大阪・兵庫の高齢者施設で大規模感染クラスターが発生したり、感染した高齢者が入院できないまま高齢者施設にとどまり、介護者が医療従事者に代わって世話をしたという深刻な事例を伝える記事です。

2021.5.18 クラスター支援団体が見た現実「入院できない高齢者を施設で看取る」【Nスタ】【新型コロナ】(TBS News)

高齢者施設従事者のPCR検査とワクチン接種

 こうした高齢者介護施設での感染クラスターの発生の理由としては、介護従事者のPCR検査やワクチン接種が遅れていることが指摘されています。PCR検査の遅れは、昨年から指摘されつづけています。高齢者施設や在宅サービスで働く介護従事者については、定期的なPCR検査が必要だと思います。
 「厚生労働省のまとめでは、特別養護老人ホームや介護老人保健施設などの高齢者施設で発生したクラスターは今年6月21日までに1711件。飲食店や医療機関を上回って最も多い。5月上旬には、大阪府門真市の有料老人ホームや神戸市の介護老人保健施設で計38人の入所者が亡くなっていたことも明らかになった」と報じられました(「高齢者施設従事者の集中検査、なぜ進まない」(朝日新聞2021年6月17日))。介護施設でのクラスターが多発した兵庫県は、介護施設でのPCR検査を実施することになりました(2021年5月25日「高齢者施設の従事者に対する新型コロナウイルス感染症病原体検査の実施について」)。

ワクチン接種順位がどう決まったのか?

 ただ、今年になって政府がワクチン接種を重視して対策を進めていますが、それでも介護従事者のワクチン接種が比較的後順位になっています。感染の危険が高い医療従事者が最優先されるのは納得できますが、その次は、一般の高齢者です。その理由は、高齢者が感染すると重症化しやすいという理由です。そうであれば、その高齢者を対面で介護する介護重儒者については、医療関係者の次に優先してワクチン接種するのが合理的だと思います。高齢者のワクチン接種が進む中で、施設や在宅の介護サービス従事者のワクチン接種がされていないことに不合理を感じました。こうした疑問から、日本ではワクチン接種の順位をどのように決めているのか? また、その根拠は何かについて改めて調べてみることにしました。

政府内でのワクチン接種順位をめぐる議論

 日本政府は、新型コロナ感染症のワクチン接種を進めるために、ワクチンの入手目途がまだ明確でない2020年夏から検討を開始しました。
そして、この段階で、新聞報道によれば、「政府は13年、新型インフルエンザへの対応を念頭に置いた行動計画を策定。新型インフル対策特別措置法に基づく「特定接種」として、(1)医療従事者(2)感染症対策などに当たる公務員(3)介護福祉、電気、ガス、公共交通、銀行などの事業従事者―の順に実施することを基本とした。」「今回の新型コロナについては、強毒性を持つ新型インフルのように社会の存続そのものに重大な影響を及ぼす恐れがあると考えられていない。このため、社会機能の維持を重視して公務員やインフラ事業者らを優先した従来の行動計画と別に、接種に関する計画をつくることにした。」「重心を置いているのは、十分な医療提供体制の確保。政府内では接種の進め方として、医療従事者のほか、感染すれば重症化の可能性が高い高齢者や、基礎疾患を持つ人を優先させる案が有力になっている」と報じられました(「医療関係・高齢者に優先接種 コロナワクチン、検討着手へ―政府」(時事通信2020年7月14日))。

 そして、この報道の通りに、2020年8月21日、「新型コロナウイルス感染症のワクチンの接種に関する分科会の現時点での考え方」がまとめられました。そこでは、ワクチン接種の優先順位、特定接種については、次のように指摘しています。

ワクチンの接種の実施の検討に当たり考慮すべき事項③
(接種の優先順位について)
〇 今回のワクチンに関しては、様々なメーカーが開発を進めているが、単独のメーカーのワクチンだけでは必要な供給量を確保できない可能性がある。したがって、場合によっては、安全性や有効性の異なる複数のワクチンが流通し、その複数のワクチンの有効性などの差異も踏まえて接種対象者に分配しながら、接種を進めることが必要になりうる。
〇 また、安全性及び有効性の両面で理想的なワクチンが開発される保証はない。即ち、図に示すように、ワクチンによっては、重症化予防効果のみならず発症予防効果も有することもありえるが、感染予防効果はない可能性もあり、現実を早い段階で国民に周知する必要がある。更に、安全性及び有効性のレベルはワクチンによって様々である。そこで、安全性及び有効性がどこまで存在すれば許容範囲内であるかについての議論が必要である。
〇 国には、国民に必要なワクチン確保のために全力を挙げてもらいたい。さらに、国民へのワクチンの接種にあたっては、常識的なワクチンの供給量や接種体制を考えると、一度にすべての対象集団に接種を行うことは不可能である
したがって、接種を行うにあたっては、接種の対象を誰にするのか、そしてどのような順番にするのかという優先順位を検討する必要がある。
〇 我が国では、新型コロナウイルス感染症の対策として、感染拡大防止と重症化防止を目指してきた。このことを踏まえると、接種を優先すべき対象者については、高齢者及び基礎疾患を有する者の重症化を予防することを中心とし、さらに、それらの者に対し新型コロナウイルス感染症の診療を直接行う医療従事者を含めることを考えるべきである。
〇 なお、特定の医療従事者を優先する場合、新型コロナウイルス感染症の患者に係る直接の診療を行わないまでも、新型コロナウイルス感染症が疑われる患者を積極的に診療する医療従事者や救急隊員、積極的疫学調査に携わる保健所の職員を含めることについても議論が必要と考えられる。高齢者及び基礎疾患を有する者が集団で居住する施設で従事する者や妊婦を含めるかどうかについても、検討課題である。
〇 優先順位を考える上では、さらに上記以外にも、供給量及び価格、年齢等による差異、有効性の持続期間、接種回数、複数の種類のワクチンの流通についても考慮する必要があり、これらの情報が明らかとなった段階で最終的な判断を行うべきである。
〇 接種を優先すべき対象者がリスクとベネフィットを考慮した結果、接種を拒否する権利も十分に考慮する必要がある。
〇 一方、接種した方に健康被害が生じた場合の救済措置についても、認定のプロセスを含め、検討する必要がある。

ワクチンの接種の実施の検討に当たり考慮すべき事項④
(特定接種の実施について)
〇 上述の医療従事者、高齢者及び基礎疾患を有するもの以外にも、仕事上の感染のリスクが非常に高く、かつ、感染した際に社会的な影響が甚大な者がいることも考えられる。しかし、これまでの感染の状況を踏まえると、新型インフルエンザ対策で想定をしていたような、国民のほとんどが短期間に感染し、欠勤者や死亡者が多発することは今のところ想定されない。
〇 こうしたことを踏まえれば、特定の医療従事者、高齢者及び基礎疾患を有する者へのワクチンの接種を優先すべきであり、社会機能維持者に対する特定接種を行うことについては現段階では優先的な課題とはならないのではないかと考えられる。

内閣官房・厚労省通知

 この「考え方」が、9月25日、分科会の「新型コロナウイルス感染症に係るワクチンの接種について(中間とりまとめ)」として了承され、12月11日の「新型コロナウイルス感染症対策分科会(第18回)」に提出され、議論されたのです。そして、政府は、2021年2月9日に内閣官房・厚生労働省の連名で「新型コロナウイルス感染症に係るワクチンの接種について」と言う文書を出しました。そこでは、1 趣旨、2 接種目的、3 ワクチンの確保、4 接種の実施体制、5 接種順位、6 ワクチンの有効性及び安全性、7 健康被害救済制度、8 広報、9 今後の検討等に続いて、(別紙)接種順位の基本的考え方と具体的な範囲について、の各事項が含まれています。

5 接種順位
(1)当面、確保できるワクチンの量に限りがあり、その供給も順次行われる見通しであることから、接種目的に照らして、
新型コロナウイルス感染症患者(新型コロナウイルス感染症疑い患者を含む。以下同じ。)に直接医療を提供する施設の医療従事者等(新型コロナウイルス感染症患者の搬送に携わる救急隊員等及び患者と接する業務を行う保健所職員等を含む。)
高齢者及び基礎疾患を有する者を接種順位の上位に位置付けて接種する。その基本的考え方や、具体的な範囲等については、別紙のとおり。
(2)高齢者及び基礎疾患を有する者や障害を有する者が集団で居住する施設等で従事する者の接種順位については、
高齢者等が入所・居住する社会福祉施設等(介護保険施設、居住系介護サービス、高齢者が入所・居住する障害者施設・救護施設等)において、利用者に直接接する職員を高齢者に次ぐ接種順位と位置付けて接種する。その基本的考え方や、具体的な範囲等については、別紙のとおり。
(3)妊婦の接種順位については、厚生労働省において、国内外の科学的知見等を踏まえた検討を継続した上で示す。
(4)上記の者以外の者については、上記の者への接種の状況を踏まえた対応となるが、地方自治体はあらかじめ接種券を配布し、接種を希望する者は医療機関に予約すること等により、順次接種を行う。

(別紙)接種順位の基本的考え方と具体的な範囲について

2 医療従事者等に早期に接種する理由として、以下の点が重要であることを踏まえ、具体的な範囲を定める。
 ・ 業務の特性として、新型コロナウイルス感染症患者や多くの疑い患者と頻繁に接する業務を行うことから、新型コロナウイルスへの曝露の機会が極めて多いこと
 ・ 医療従事者等の発症及び重症化リスクの軽減は、医療提供体制の確保のために必要であること
 医療従事者等の範囲は、基本的に以下とする。
 ○ 病院、診療所において、新型コロナウイルス感染症患者(新型コロナウイルス感染症疑い患者を含む。以下同じ。)に頻繁に接する機会のある医師その他の職員
 ○ 薬局において、新型コロナウイルス感染症患者に頻繁に接する機会のある薬剤師その他の職員
 ○ 新型コロナウイルス感染症患者を搬送する救急隊員等、海上保安庁職員、自衛隊職員
 ○ 自治体等の新型コロナウイルス感染症対策業務において、新型コロナウイルス感染症患者に頻繁に接する業務を行う者

 以上、今回の新型コロナ感染症について、政府が決めたワクチン接種順位について、調べてみたことを小括してみますと、(1)新型インフルエンザについて決めていた「特定接種」(①医療従事者、②感染症対策などに当たる公務員、③介護福祉、電気、ガス、公共交通、銀行などの事業従事者)についての優先順位を外して、「医療従事者」、「高齢者」、「基礎疾患がある者」などを優先することにしたこと、その理由が、(2)「仕事上の感染のリスクが非常に高く、かつ、感染した際に社会的な影響が甚大な者がいることも考えられる。しかし、これまでの感染の状況を踏まえると、新型インフルエンザ対策で想定をしていたような、国民のほとんどが短期間に感染し、欠勤者や死亡者が多発することは今のところ想定されない。」ということに注目することができます。

接種順位の考え方への疑問

 しかし、この接種順位の考え方については、「結果論」かも知れませんが、いくつの問題点があると思います。第一は、この考え方がまとめられた2020年7月から8月頃については、日本での感染死者数が欧米に比べて極めて低いことが指摘されていました(2020年8月末で累計死者1295人)。しかし、その後、第2波、第3波、第4波を経て、変異株も流入もあり、日本における感染死者数が10倍以上に急増しました(2021年7月4日で累計死者14843人)。その後、医療崩壊が発生して、上で指摘しましたように、今年4月以降の関西での医療崩壊の中で、高齢者介護施設での大規模クラスターが発生しました。このように考えてきますと、政府が昨年夏に根拠として示した「今回の新型コロナについては、強毒性を持つ新型インフルのように社会の存続そのものに重大な影響を及ぼす恐れがあると考えられていない」という認識は、正しくなかったと言えると思います。その正しくない認識に基づいたワクチン接種順位についても再検討が必要になっていると思います。

出所:impress watch

 ところが、第二の問題点として、こうした再検討がされることなく、医療従事者、一般の高齢者についてのワクチン接種が進みました。ところが、次順位とされた「基礎疾患のある人」や「高齢者介護従事者」への接種順位が曖昧にされました。むしろ、東京オリンピック開催を目的として、接種率を急速に高めることが自己目的化され、接種順位が原則から大きく外れて、「大規模接種」や大学・大企業などでの「職域接種」、「オリパラ関係者接種」進められたのです。そして、その矛盾や不合理さが、高齢者との対面接触で相互に感染するリスクにさらされる介護従事者のワクチン接種が後順位にされていることに、集中的に現れたのだと思います。*

* なお、自治体が高齢者のワクチン接種を進める中で、予約者のキャンセルで余ったワクチンを自治体の首長や職員が代わって接種したことが問題になりました。しかし、従来の「特定接種」の考え方では、余ったワクチンを自治体の首長や公的なインフラを支える職員・労働者が接種することは「合理的」ということになります。改めて、ワクチン接種の「公平性」についての議論がなされないまま、政府が一般世論への接種順位の公平性・合理性について問題提起を広く公開して行なわなかった問題点を指摘することができると思います。なお、関連した記事としては、石動竜仁 「市町村長はワクチン優先接種対象者」という主張の真偽(YahooNews 2021年5月13日)

新型インフルエンザ後に決められた「特定接種」

「特措法」第28条

 これまで調べてきた通り、政府が昨年夏以降に決めたワクチン接種順位では採用されなかったのですが、コロナ禍以前(2012年5月)に制定された「新型インフルエンザ等対策特措法」では、一定の業務従事者を、その「特措法上の公共性・公益性の高さに応じて」整理して、「特定接種」について接種順位を原則として優先する考え方を確認しています。そして、同法第28条で、医療など、国民生活・国民経済の安定に寄与する業務については、「特定接種」と位置づけ、事業者が厚生労働大臣の登録を受けて従事者を優先して接種することにしたのです。

(特定接種)
第二十八条 政府対策本部長は、医療の提供並びに国民生活及び国民経済の安定を確保するため緊急の必要があると認めるときは、厚生労働大臣に対し、次に掲げる措置を講ずるよう指示することができる。
 一 医療の提供の業務又は国民生活及び国民経済の安定に寄与する業務を行う事業者であって厚生労働大臣の定めるところにより厚生労働大臣の登録を受けているもの(第三項及び第四項において「登録事業者」という。)のこれらの業務に従事する者(厚生労働大臣の定める基準に該当する者に限る。)並びに新型インフルエンザ等対策の実施に携わる国家公務員に対し、臨時に予防接種を行うこと。
 二 新型インフルエンザ等対策の実施に携わる地方公務員に対し、臨時に予防接種を行うよう、当該地方公務員の所属する都道府県又は市町村の長に指示すること。

アメリカ・モデルのエッセンシャルサービス従事者を優先する接種順位

 この「新型インフルエンザ等対策特措法」の定める「特定接種」は、そこでは公共的な業務に従事する者として、その範囲を具体化していたアメリカを参考にしています2012年12月3日の内閣府「新型インフルエンザ等対策有識者会議」社会機能に関する分科会(第6回)で配布された以下の表は、社会を支える重要産業従業員(Critical Employee)がワクチン接種で優先接種の対象になることを示しています。

 ここで参考にされたアメリカでは、社会を支えるために感染の危険があるにもかかわらず労働することが求められる職種・職場の従業員を「Critical Infrastructure Workers」と呼び、国土安全保障省(Cybersecurity and Infrastructure Security Agency=CISA)がリスト化しているのです。今回の新型コロナ感染症(Covid-19)による外出・移動制限などの措置がとられたときも、自宅に留まらず、社会のインフラを支えるために就業する「Critical Infrastructure Workers」は、連邦政府や州、自治体が、勤務を命ずる代わりに、ワクチンの優先接種や手当支給などの特別措置を執るときには、その対象者となる公的概念として、非常時に備えてリスト化されていることに注目する必要があります。「Critical Infrastructure Workers」は、一般的に使われる「エッセンシャル・ワーカー(essential worker)」という概念と重なるものと考えられますが、法令上の特別な概念となっていること、とくに、その業務の公共性・公益性から従事者(労働者)へのリスペクト(尊重)があることに注目する必要があると思います。*

* このアメリカのエッセンシャルワーカーのリストの存在については、2020年8月、当時のトランプ大統領が「教員」をリストに加えたこと(朝日新聞2020年8月21日)、アマゾンCEOが社員をエッセンシャルワーカーと認めるように、バイデン大統領に直訴した(JB2021年1月22日)ことが日本にも伝えられ、日本でも知られることになりました。

 つまり、このアメリカがモデルとなって、世界的にはワクチン接種について、感染を防ぎ、また、感染症拡大のなかでも社会の維持に不可欠な公共サービスを担当する業務に従事する人を優先する考え方が有力となっています。

 お隣の韓国では、このアメリカモデルを基に、次の表のようにエッセンシャルワーカーを優先してワクチン接種する計画が政府から示されました。

介護従事者など対面のエッセンシャルサービス従事者優先を

 「コロナ禍」の状況が1年半を超える長期に及んでいます。今回のエッセイでは、私の専門外の「ワクチン接種の順位」に絞って考えてきました。

 色々と調べていると、日本政府が、ワクチン接種順位について、従来、政府内で議論され、国会審議を経て成立した「特措法」の接種順位の原則が、公開の討論や説明を経ることなく修正されていることが明らかになりました。政府が、公平、公正、民主的手続き徹底して軽視する姿勢を取り続けてきたために、国民の間で多くの疑問や不公平感が蓄積してきたのだと思います。公開の議論や法律・原則に基づかない対策が、現場を無視して上からの一方的判断や命令が際立ってきました。「場当たり」「後手後手」と指摘されてきましたが、ワクチン接種についても、調べれば調べるほど、無原則・恣意的な判断に驚かされます。その結果、自治体や医療機関の現場で働く人々に多くの混乱をもたらしてきました。現政権の「統治能力」「危機対応能力」不足を指摘せざるを得ません。

 最後に、今後の検討課題として、次の3点を指摘したいと思います。

 第一に、ワクチン接種の優先順位は、感染拡大の危険にさらされながら、生命や生活を支える社会にとって不可欠なエッセンシャル・サービスに従事する人を優先することが重要だということです。アメリカをはじめ世界各国では、こうした公共サービスに従事する人へのリスペクトがあることに注目する必要があります。ワクチン接種だけでなく、PCR検査を含めて、感染の危険の多い対面サービスを担当する人を優先しています。カナダやアメリカでは、州によって違いがありますが、手当支給や多くの公的給付が、こうしたエッセンシャルサービス従事者に対して行っています。また、民間でも、企業がエッセンシャルサービス従事者への支援を行うなど、日本ではほとんど見られませんが、アメリカでは企業による社会への還元事業の一つとして行われています。*

最前線の労働者(frontline-workers)のための無料・割引サービスの実行リスト2020年8月12日 NewYork Times Wirecutter) 多くの人はコロナウイルス拡散を遅らせるために自宅で仕事を続けているが、それでも毎日仕事に向かう人はたくさんいる。食料品店、病院、警察署など、最前線の従業員は、この激動の時代に、家庭の必需品、医療、安心感を提供するためにたゆまぬ努力を続けている。
 多くの企業は、感謝とサポートを提供するために、医療従事者ら最前線にいるその他の人々に無料および割引サービスを提供し続けている。忙しいシフトの最中に昼食に数ドル節約したい場合など、これらの無料および割引サービスは、今の生活を少し簡単にするのに役立つかもしれない。

 第二に、コロナ禍の中で「介護従事者」は、とくに保護が必要なエッセンシャルワーカーであることを改めて強調したいと思います。アメリカでは、医療従事者以外に、感染率上昇は、他の重要なインフラ部門の従業員を含むすべての労働者の健康を脅かしており、その中で「介護者(Caregivers)」が挙げられています。つまり、「介護者は、1 日に複数の患者にケアを提供するため、COVID-19 に感染するリスクが高い可能性があります。同時に、介護者は高齢患者を病気にさらす可能性が高くなります。」「介護者はウイルス感染から十分な保護を受けることが不可欠である」のに、十分な個人用保護具、手指消毒剤、フェイスマスク、N95マスクが不足していることが問題点として指摘されています(Health of Critical Infrastructure Workers in the US, 1 April 2020)。韓国でも、2020年12月に文在寅政府が、「必須労働者」防疫・健康管理のためのインフラ構築支援策を発表しました。そこでも、配達従事者、環境美化員などともに、在宅療養保護士、ベビーシッター、訪問看護師などの職種が「必須労働者」に挙げられています。そこでは、「訪問ケア従事者等を対象とした限定的な生計支援」として、訪問ケア従事者および放課後講師など9万人対象、1人当たり50万ウォン支給(2021年上半期)、「ケア従事者の労働環境改善を推進」として、

①「社会サービス院法」および「家事労働者法」制定を推進(2021年)、②週52時間制導入による社会福祉施設の交代勤務人材など追加支援、③緊急所要対応のための代替人材活用要件緩和などを推進が挙げられています。このように「介護(ケア)労働者保護」を重視する外国に比べて、日本では、目立った介護労働者の保護対策は示されていませんが、コロナ禍で大きな役割を果たしている介護(ケア)労働者保護のための積極的な政策が採用されなければならないと思います。

 第三に、日本では十分に議論されていませんが、感染の危険のなかで働き、特別な保護が必要な労働者の概念(「エッセンシャルワーカー」「必須労働者」「不可欠労働者」など)を法・政策的に確立することが必要です。そして、このエッセンシャルワーカーに対する主要な保護政策と、法規制を導入することが必要です。どのような政策が必要になるか、例えば、アメリカ進歩センターは、コロナ禍でのエッセンシャルワーカーには、次の7つの主要な政策改革の必要性を指摘しています。つまり、①空気感染症から守るための安全基準、②リスクに対する追加の補償、③有給の家族休暇と医療休暇、④病気になった場合、適正価格の医療へのアクセス、⑤多くの学校やセンターが閉鎖されている間、働けるための質の高い保育、⑥職場安全基準の強力な実施、⑦安全保護と補償基準の実施を支援する労働組合へのアクセスです(How the Federal Government Can Protect Essential Workers in the Fight Against Coronavirus)。また、韓国では、政府主導で、類似の保護政策が現実化しています。

 この点で日本では、エッセンシャルワーカーの多くが、「非正規雇用」労働者となっていることの問題点があり、これを克服することが重要です。政府は、あらたに「非正規公務員」について、「会計年度任用職員」制度を導入しました。また、国・自治体業務の外部化民営化が進められ、市民と対面で接する窓口業務・相談業務など、公的なエッセンシャルサービスの担い手の多くが非正規雇用や派遣・委託の不安定・劣悪処遇で働いています。こうした雇用形態の改善(正規化・常用化、差別是正)が最も重要なエッセンシャルワーカー保護の課題になると言えます。コロナ禍で、社会を真に支えているのは、患者、住民、市民と直接に接して働く現場労働者であることが浮き彫りになりました。こうしたエッセンシャルサービスを担う労働者を手厚く保護することが、コロナ禍を乗り切るために、また、コロナ禍の社会ではきわめて重要であること繰り返し強調したいと思います。 

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