12月3日、「働き方Asu-net」は、「非正規労働者の権利、どう実現するか」をテーマに公開学習交流会を開催することになり、古住公義さん(民放労連京都放送労組〔KBS労組〕)にメイン報告をお願いしました。(下の動画は2020年5月7日の古住さんの講演)
私は、長年にわたってKBS労組が展開されてきた注目すべき取り組みの中で、主に非正規雇用をめぐる取り組みの意義を中心に私の考えを話すことになりました。以下、そのためのメモ(資料)を書いてみることにしました。
1.KBS労組の注目すべき取り組み
KBS労組は、今年、民主法律協会から「本多賞」*を受賞しました。メディアの報道では「同労組は、正規、非正規の雇用形態に関わらず構内スタッフの要求実現に取り組み、派遣労働者の直接雇用化を継続的に実現しており、派遣期間終了後に直接雇用する旨の労働協約を会社側と結んだ取り組みが『極めて先進的』と」評価されました。(京都民報2024年10月6日)
* 「本多賞」は、長年、大阪市立大学で労働法を担当し、実践的には労働者の権利実現のために大きな役割を果たされた故本多淳亮先生のご寄付を原資として設けられた賞です。
KBS労組は、決して大規模な組合ではありません。また、会社と対立して激しい争議を行なう「剛性組合」でもありません。しかし、KBS労組は、「組合らしい活動」を一貫して継続してきました。その結果、目立たなくなった日本の労働組合の中で「きわめて組合らしい、筋が通った労働組合」として注目されているのです。
2.「ひび割れた職場」と労働組合
約50年間、日本の労働社会は大きく変化し、1970年代までは新卒から定年まで長期に働く「日本的雇用」と呼ばれる正社員雇用が一般的でした。しかし、その後、「男性稼ぎ型モデル」や「企業別労働条件格差」など「日本的雇用」の短所・問題点を反映した多様な非正規雇用形態(パート、有期、派遣など)が登場し、多くの職場に広がりました。
これは、日本だけではなく、韓国やアメリカなど、政府が規制緩和政策をとり、企業が強く、労働組合が弱い国に共通した現象です。とくに、アメリカでは、職場で多様な雇用形態の労働者が働いている状況の問題を提起した「ひび割れた職場(The Fissured Workplace)」という本が2014年に刊行され、世界から注目されました。*
20世紀の大半において、多くの労働者を雇用する大企業が米国経済の基盤を形成していた。今日、デイビッド・ワイル氏の画期的な分析が示すように、大企業は自社製品の製造に直接携わる労働者の使用者としての役割を放棄し、互いに熾烈な競争を繰り広げる小規模企業への業務委託へと移行している。その結果、賃金は低下し、福利厚生は削減され、健康や安全に関する条件は不十分となり、所得格差はますます広がっている。(ハーバード大学出版局サイト)
この本の表題の日本語訳は、「ひび割れた職場:なぜ仕事はこれほど多くの人にとって悪くなったのか、そしてそれを改善するために何ができるのか」」です。著者、デビッド・ワイル(David Weil)さんは、アメリカのオバマ政権の時代に連邦労働省の労働課長として働き、現在は、大学の教員をされています。
労働組合も初期には、こうした非正規雇用の問題を議論しました。しかし、残念ながら日本の多くの労働組合は、企業別組合という世界にも数少ない組織的弱点もあって非正規雇用の持続的な拡大に対抗することができなかったと言えます。
その結果、最近では、全労働者の中で、非正規雇用が約40%の高い比率にまでなってしまい、同時に、労働組合の組織率の低下、ストライキ損失日数の激減など、目を覆うばかりの状況になっています(【表1】参照)
【表1】日本の非正規雇用の増加、労働組合の組織率低下、ストライキ損失日数
こうした状況のなかでKBS労組は、非正規雇用問題を重視し、派遣労働者や名目的自営業形式の労働者の直用化(正社員化)や有期雇用の無期転換、パート、アルバイトの組合への組織化などを実現してきました。日本のほとんどの労組、とくに企業別組合には見られない成果だと思います。【以下は、非正規雇用問題での取り組みとその成果を伝えるKBS労組発行冊子の表紙】
3. すべての労働者を代表する組合
私が特に注目するのは、KBS労組が、「組合員だけでなく、職場で働く人すべてを代表するという姿勢を貫いている」ことです。つまり、KBS労組は、「組合員だけの組合(union of only members)」ではなく、「すべての労働者の組合(union of every worker)」という考え方を前提にしているのだと思います。
OECDや欧州では、団体交渉=労働協約の適用率(collective bargaining coverage)を重視しています。欧州の多くの国では、労働組合が重要な役割を認められて全国規模の産業別労働組合が使用者団体との間で労働協約を締結する慣行が定着しています。この労働協約は、組合員だけでなく組合員でない労働者にも拡張適用される慣行が多くの国で現実になっていて、さらに、そうでない国の労組もそれを目指しているのです。国によって拡張適用の仕組みには色々と違いがありますが、60%から90%の労働者が協約の適用を受けています。現在、国際労組である「Uni Global Union Europa」は、80%を各国での拡張適用の目標にしています。((【表2】参照)
【表2】欧州各国の労働協約適用率(UNI Global Union Europa)
日本では、労働組合の力が後退したという話では、主に「組合組織率(union density)」が低落したことが注目されます。その背景には、労働組合は組合員のみを代表するという考え方が根強いからだと思います。しかし、欧州では、労働組合が非組合員を含めて職場、職域に属するすべての労働者のために団体交渉を行い、協約を締結するべきであるという考え方が強いのです。*
* 2019年のOECD調査によれば、日本は、労働組合の組織率は約16.8%、協約適用率は約16.8%となっています。これは、労働協約が組合員以外に拡張適用されることがほぼゼロということを示しています。つまり、欧州の状況と日本は大きく違っているのです。
KBS労組は、正社員や組合員だけなく、同じKBSの職場で働く労働者であれば、正規、非正規、さらには派遣、個人請負など、雇用形態や所属会社に関係なく全労働者を代表する姿勢を貫いてきました。また、民放労連に所属して民放産業全体の労働者の団結を重視しています。この点では、KBS労組は、欧州の労働組合に近い考え方をもっていると思います。
私も以前、私立大学の組合、さらには京都・滋賀地区にある私立大学の組合の連合組織役員を経験しました。80年代以降、私立大学にも非正規教職員が増えました。私は、不安定で低賃金の非正規教職員が増える問題を重視し、さらに、非正規教職員の待遇改善に取り組もうと組合内で訴えました。残念ながら、「組合は、組合員のものだから、組合費を払わない非組合員のために活動するのは筋違いだ」と賛成を得られませんでした。
しかし、ある職場や職域で組合に加入しない非正規労働者が増えれば、組合員だけを代表する組合は、職場や職域での労働者全体の代表者という地位を後退させます。KBS労組の取り組みは、労組としての「全体代表性」を維持することであり、自らの団体交渉力を維持し、さらに強めようとするきわめて当然の取り組みであると思います。
4. 韓国:非正規職問題は組合の存亡にかかわる核心問題
次に注目すべきは、韓国の労働組合の動向です。韓国では、1997年の経済危機で大規模な整理解雇が行われ、多くの労働者が「正規職」(=正社員)とは大きく違う、多様な「非正規職」(=非正規雇用)に切り替えられました。「非正規職」としては、①有期雇用(期間職・契約職)、②間接雇用(派遣職・社内下請など)、③名ばかり個人事業主(特殊雇用)など、実に多様な形態がありました。そして、2000年代には、労働者全体の過半数(最大で約56%)が非正規職という状況が長く続いていました。
当時、二大労総(ナショナルセンター)の一つである民主労総は、韓国労総とは違って大企業の労働者を組織していました。しかし、その中心となっていた「韓国通信(KT)」や「現代重工業」など、巨大企業の労組の一部は、企業側に近い立場に移行して、非正規職の大量雇止めに反対せず、正規職の雇用を守るという「自己保身」的な態度をとるようになっていたのです。
これに対して、非正規職問題について、2000年5月、意識の高い労組活動家や専門家(公認労務士、研究者など)が中心になって市民団体「韓国非正規労働センター」が設立されました。同センターは、Webの活用、労働相談、労委・裁判支援、非正規労組の結成支援、調査・研究、雑誌『非正規労働』発行など、実に活発な活動を開始しました。
そして、労働組合は、「非正規職問題」をめぐって厳しい選択を迫られました。
(A)非正規職は望ましくないが、労働組合としては取り組むべきでない。【「組合=非正規と無関係」論】
(B)企業別、正社員だけを代表するべきだ。【「組合員だけの労働組合」論】
(C)職場に広がる多様な労働者全体を代表するべきだ。【「 「労組=労働者全体の代表」論】
とくに、民主労総の中で激しい論争が生じたのです。
論争の結果、民主労総は、2000年代初めに欧州をモデルにした産業別組織への転換の方針=(C)を採用することを決定しました。つまり、「企業別組織では、正規・非正規の労働者分断を狙う資本の攻撃に対抗できない」 「日本の労組のように闘えない組合、そして闘わない組合になってしまう」という議論が多数を占めたのです。
そして、約20年間に、「金属労組」(2022年、19万人)をはじめとした製造業部門だけでなく、「公共運輸社会サービス労組」(2022年、24万人)など、サービス産業部門でも労組の産別組織化が実現してきました。そして、組合組織率が上昇し(2010年,9.8%→2020年,14.2%)、非正規雇用が削減される(2001年,55.7%→2023年,41.3% 〔Y.Kim〕 )という大きな変化を生み出したのです。現在の韓国では、非正規職自身が立ち上がってのストライキが珍しいものではなくなっています。【下の動画、参照】
【動画】韓国の非正規雇用労働者のストライキ
韓国の「全国学校非正規職労働者(略称:学非労組)」が2024年6月22日に総決起大会を開催したときの動画です。全国からソウルに集まった全国各地の学校非正規労働者たちが、実質賃金の引き上げ、勤続手当の大幅引き上げを求めて2024年臨時労働協約闘争に参加しました。
12月には、全国的なストライキも予定されています。
5. 小括
今、日本は、この40年間続いてきた雇用・労働の劣化によって、社会全体が持続できるのかさえ問われる深刻な状況になっています。
私は、「非正規雇用が登場したとき、社会、とくに労働組合がどのように対応したか?」を改めて問い直す時期に来ていると思います。
次の三つの対応があったと思います。
(A) 正規雇用を壊す否定的な存在と見て非正規雇用の問題に取り組まない対応
(B) 非正規雇用を必要悪と捉え、雇用調整弁とみる対応
(C) 非正規雇用をも代表して組織し労組加入を進め、正規化のために闘う対応
の三つです。
欧州では、労組は、長く(A)の対応をしていましたが、約20年を経て(A)から(C)に移ろうとしています。
韓国では、とくに民主労総が、2000年代に(A)、(B)、(C)の激しい議論を経て(C)に移り、多くの制約を乗り越えて、産別転換、組織率上昇、正規職転換(非正規職減少)で注目すべき成果をあげてきました。
これに対して日本では、労組は、(A)、(B)のうち、多数は(B)の対応をとってきたと思います。しかし、KBS労組は、(C)の対応を一貫して取り続けてきたのです。
私は、日本の労組は、欧州、韓国、とくにKBS労組の経験に学んで(C)の対応に移行しないと、労組としての存在意義そのものが問われると思います。
学習会では、KBS労組が、なぜ一貫した対応ができたのか、どんな議論、問題や困難があったのかなど、古住さんのお話を聞ければと思っています。
【関連文献・情報】
- (動画)【竹信三恵子の信じられないホントの話】あきらめない!本物の同一労働同一賃金 〜コロナ下での基本給差別に挑んだ京都放送労組〜(2020年8月11日)デモクラシータイムズ
- 京都放送労働組合「解雇組合員(派遣社員)の直用を実現/同一賃金闘争大きく前進」(2024年9月30日)(北海道労働情報NAVI)
- 京都放送労働組合「再雇用組合員要求通り雇用延長実現/派遣先・京都放送への直用化 通算11人目」『NAVI』2024年2月15日(北海道労働情報NAVI)
- 古住公義「半世紀にも及ぶ格差是正の闘い」労働法律旬報1962号(2020年6月25日)
- 古住公義「非正規問題にまず既存の労働組合が本気で腰を挙げ、一歩、二歩と踏み出すこと-派遣法改悪案と労組の役割-」ねっとわーく京都2015年10月
- Essay第11回 KBS労組「無期雇用化闘争パンフ」を読んで (2019年6月22日 Asu-net)
- Essay第32回 民主労総が韓国の「第一労総」になったニュースに思う (2019年12月31日、Asu-net)
- 脇田滋(2022)非正規労働者の権利実現をめざして人権と部落問題2022年6月号