★暴力描写がすごい。音楽は一切使用されず、風の音、忍び寄る足音、撃鉄を起こす音が、生々しい。その緊迫感に圧倒された。監督・脚本はイーサン・コーエンとジョエル・コーエンの兄弟。2007年度アカデミー賞作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞を獲得している。
★時代は1980年。メキシコ国境に近い場所が舞台。乾いた平原が地平線の向こうまで続く。そこでふたつの事件が起こる。一つは保安官殺害。携帯用酸素ボンベの先に消音銃のようなものがついている「凶器」を持った男・シガー(ハビエル・バルデム)が逮捕される。彼は保安官事務所に連行されるが、保安官が電話をかけているスキに背後から襲い、絞殺してしまう。
★もう一つは麻薬に絡む抗争と大金の持ち逃げである。砂漠にいるシカ科の動物を密猟していた男・モス(ジョシュ・ブローリン)は、偶然、小型トラックと数人の男の遺体と数匹の猟犬の死骸を発見する。死体のまわりには薬莢(やっきょう)が散乱し、トラックには大量の麻薬が積まれていた。トラックのドアを開けると、瀕死のメキシコ人が「アグア(水)をくれ」と言う。モスはその男を放置し、丘の方に向かう。頂上の樹の下で男が死んでいて、脇に鞄があった。開けてみると札束が詰まっている。モスはそれを家に持ち帰る。ところが「アグワ」と言った男のことが気になり、ふたたび現場に戻る。そこへ待ち伏せしていた麻薬組織の連中に見つかり、追われる。なんとか難を逃れたモスだったが、放置した自動車から身元が判ってしまう。彼は妻とともに金を持って逃げる。しかし鞄には発信器がついていて、今度は暗殺者シガーが追ってくる。どこまでも、どこまでも。
★細部の描写が生々しい。たとえばシガーが保安官を絞殺する場面。2人が揉みあうなかで、保安官が両足を激しくばたつかせ、ブーツ踵が床を擦る。そのたびに床は鋭い鋼(はがね)のような瑕(きず)がつく。眼を剥いて絞殺するシガーの、その表情とともに踵の黒い瑕がどんどん増えていく場面だ。もう一つ。雑貨屋の店主がシガーに対し、ちょっと口をすべらせたために身の危険にさらされる。シガーはコインを取り出し、「裏か表か、あてろ」と言う。あてたら助けてやると暗示する。指先でコインをピーンと撥ねさせ、カウンターに落として手のひらで隠す。そして「あてろ」と何度も促す。店主の表情は硬直してしまう。もし外れたらどうなるだろう。それまでシガーが自分の前に立ちはだかる人間を次々と殺していく場面が続くだけに見ているものの緊張は高まる。
★本作品でスペイン出身のハビエル・バルデムはアカデミー賞助演男優賞を獲得した。納得できる。厚ぼったい目は一度観たら忘れることはできない。凄みのある野太い声も耳に残る。そんな彼の顔は作品ごとに変ってしまう。『海を飛ぶ夢』(監督アレハンドロ・アメナーバル 2004年作品)では老人役を演じていたが、僕はしばらくのあいだ、それが同じ人物だとは判らなかった。 2011/11/30 月藻照之進