〈 限界にっぽん 〉 働き盛り 社内失業
朝日新聞 2012年12月31日
大阪府門真市のパナソニック本社から遠く離れた横浜市の子会社。工場などがたつ敷地内のビル「S10棟」5階にあるその部屋は、看板もなく、がらんとした室内に100台ほどの古い机とパソコンが並ぶ。そこに、事務職の女性が配属されて3カ月がたつ。
おもな仕事は、ほかの部署への「応援」だ。「要請があれば駆けつけて、製品を梱包(こんぽう)する単純作業などをこなす」。応援要請がないと、することはほとんどなく、終業時間が来るのを待つしかない。
様々な部署からここに、正社員113人が集められた。この女性のように、働き盛りの30〜40代までもが対象だ。
配属されて最初に受けた「研修」では、自己紹介のやり方を見て、みんなが「だめだし」をするグループ討論をさせられた。
初めての「応援」は、携帯電話の箱詰め作業。他工場から持ってきたベルトコンベヤーの横に並び、30秒に1個、流れてくる携帯電話を段ボール箱に詰める。これまでは主に非正規の社員がやっていた仕事だった。
「私の人生、変わってしまった」。
「君の仕事ない」
この部屋の正式名称は「事業・人材強化センター(BHC)」。女性が働く会社には今年8月できた。
その少し前に上司に呼ばれ、「今の部署に君の仕事はない」と告げられた。会社が募集する希望退職に応じるか、「BHC」への異動を受け入れるか。
数日迷った末に、子供のことを考えて「残ることにしました」と告げた。すると上司は「BHCに行っても、1年後どうなるかわからない。このことは理解しましたね」と念を押した。
BHCについて、会社側は社員向けに「新たな技能を身につけてもらい、新しい担当に再配置するための部署」と繰り返してきた。だが社員たちには「余剰人員を集めて辞めるように仕向ける狙い」(50代社員)と受け止められている。
朝日新聞が入手した内部資料によると、BHCが今あるのはパナソニックの子会社2社。在籍者リストには計449の名前が、肩書きなどとともに記されている。これについて、パナソニック本社は「(会社を追い出すためだというのは)受け止め方の違い。会社として退職を強要するものではない」(広報グループ)と説明する。
会社2社のBHCから、別の部署やグループ内の他社に「転籍」できた人は数十人いる。ただ、9月末までに32人が退社し、転籍した人より多いという。
製造業の「国内回帰」を引っ張ってきたパナソニックだが、2年続けて巨額の赤字を出す見込みだ。
つい最近まで安定していた大企業ですら雇用を支えられなくなり、就職氷河期を勝ち抜いて正社員の座をつかんだ30〜40代にまで人減らしが及ぶ。会社に見切りをつけて新天地を求めようにも、若者たちに良い働き口はない。辞めるに辞められず、仕事がある部署への転籍もかなわない「社内失業」が増えていく。
業績暗転 雇用守れない
創業100年で初めて大がかりな希望退職を募ったシャープ本社でも10月、大阪府内に住む40代の男性は上司にこう言われた。
「この職場にいても、ポジションはありません」
「ちょっと待って下さい。これじゃ指名解雇じゃないですか」。頭が真っ白になった。
自分の出向先探しが仕事
この男性は、シャープに入社して20年余り。始発で出勤して終電で帰る営業の最前線で働き続けた。「仕事はきつかったが、雇用を守る姿勢を明確にしていたシャープの社風は誇りだった。裏切られた気持ちでいっぱいでした」。数週間後、会社に退職を告げた。
「経済の再生」を掲げる安倍政権が発足し、金融市場は株高に沸いている。だが自分は、失業から抜け出す道がまったく見えない。「金をばらまくだけで、日本も自分も立ち直れるとは思えない。また看板倒れになるのでは」。寒風が身にしみる師走だ。
日本では、経営難の企業が従業員を解雇することは過去の裁判例できびしく制限されている。そこで企業は、仕事を与えられない社員に自主退職を促し、株主や銀行に約束した「人減らし」計画の達成をめざす。
「キャリアステーション室」(ソニー)、「プロジェクト支援センター」(NEC子会社)……。「追い出し部屋」に似た部署が大手企業で目立つようになったのは、ここ数年だ。
大阪城近くのオフィス街。NECグループ各社が入る高層ビルの一室で、ICレコーダーを聞きながら会議録をつくっていた男性社員はやりきれなさを押し殺していた。NEC子会社の「支援センター」に4月、配属された。約20人の同僚は、品質保証やシステム開発など幅広い部署から来ていた。他部署の「応援」と「雑用」の毎日。2カ月がたって心が折れそうになると、募集中の希望退職をすすめられた。「提携する人材サービス会社を利用すれば、無料で求人の紹介や面接指導を受けられる」というので訪ねたら、「退職を決めた方にしかサービスは提供できません」。
朝日生命保険が4月に新設した「企業開拓チーム」での「仕事」は、社員自身が「自分で社外の出向先をみつけること」だ。
「商品は自分。みがいて売りこんでください」。東京都内の繁華街に立つ雑居ビルの一室。講師をつとめる人材サービス会社のスタッフが声を張りあげていた。営業や総務部門から配属された30〜50代の十数人が耳をかたむける。
ある男性社員は毎朝9時に出勤すると、パソコンに向かい、転職サイトなどで中途採用の求人をみる。履歴書を送り、面接にもでかけていく。この数カ月で150社以上に採用を申しこんだが、まだ決まらない。
「もう無理だ、とあきらめて退職願を書く。それが会社のねらいでしょう」
企業側は「各プロジェクトを支援する補佐役は重要」(NEC)、「出向は人材育成や取引先との関係強化に必須」(朝日生命)などといい、退職に追いこむ意図はないと説明する。
【千葉卓朗、横枕嘉泰】
〔以上1面、以下2面〕
リストラビジネスは成長
ここに商機をみて活発にうごくのが、人材紹介・派遣を手がける人材サービス業だ。「追い出し部屋」からの出向者を受け入れるビジネスも出てきた。、
不動産会社の40代男性は人材サービス会社の仲介で出向いた販売代行会社での半年を鮮明に覚えている。
オフィス街のビルの一室に百数十人が、ひじが触れあうようなすし詰めの状態で座らされる。そこには大手自動車メーカーなどからの出向者もまじる。朝から「顧客リスト」をみて電話をかけ、数十万円もする英会話の教材などを売る。
「耐えられない、と一緒に出向した同僚たちは退職や転職を決めた。余剰社員の最終処分場ですよ」
「雇用調整の進め方」「人材適正化の考え方」。そんなタイトルの企業向けセミナーも活況だ。人事コンサルタントや人材サービス会社が、働き手を「必要」「どちらでもいい」「不要」にわける手法や、「不要」の社員に辞めてもらうマニユテルを伝える。
「リストラ関連のビジネスは、まだ成長させられる。人材紹介や派遣事業だけでは、不景気になれば売上高が減る。不況の時に需要が増える人減らし関連の事業は、収益の安定にも不可欠だ」と外資系人材サービス会社の担当者はいう。
◇
「社内失業」や人減らしの増加は、経済の低迷と雇用政策の欠如がもたらす構造的な問題だ。
内閣府による昨年9月の推計では、企業内で失業状態にある社員は最大465万人にのぼり、勤め人全体の1割近くになっていた。
欧州では、失業した人のスキルアップに政府がとりくむ「積極的雇用政策Jを対策の柱にすえている。一方、日本では、売り上げの急減で「社内失業者」らを抱えた企業に雇用調整助成金を渡して雇いつづけさせ、働き手のスキルアップも含めて雇用の問題を企業まかせにしてきた。失業した人への支援は失業手当が軸になっていて、手薄なままだ。
政府の無策がつづくなか、若い正社員までもがさまよい始めた。
(内藤尚志、清井聴)