地下アイドル、過酷な契約書 「働くほど取り分減った」

朝日DIGITAL 2017年11月15日

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写真・図版:提訴後に会見した元アイドルグループメンバーの原告女性(手前)=東京・霞が関の司法記者クラブ(省略)

写真・図版:元アイドルグループメンバーの原告女性が書いた手記(省略)
 私たちと同じような状況の人はたくさんいる。私が訴えることで、何かが変わるきっかけになってほしい――。アイドルグループ「虹色fanふぁーれ」の元メンバーの女性ら4人が14日、当時の所属芸能事務所に対し、契約の無効確認や未払い賃金支払い、芸名の継続使用などを求め、東京地裁に提訴した。関係者への取材や裁判の資料から浮かんだトップアイドルの夢を追う女性たちの過酷な環境とは。
元アイドル女性ら「2年以上ただ働き」 事務所を提訴

提訴した「虹色fanふぁーれ」の元メンバーの女性の陳述書によると、子どものころから、安室奈美恵さんのような、ソロで歌って踊れる歌手に憧れていた。中学3年のとき、「1年以内にメジャーデビュー確約」とうたう芸能事務所のオーディションに応募。「レッスン生」としてデビューを目指すようになった。
 高校進学後は、自宅から夜行バスで片道9時間かけて月4回、東京に通い、ボイストレーニングを受けた。毎回の交通費や宿泊費に加え、デビューまでのレッスン費約30万円は、いずれも自己負担した。
 高校1年の秋、事務所のスタッフから「いつデビューになるかわからないから、上京した方がいい」と言われた。悩んだが、「一度しかない人生だから」と決意し退学。単身上京した。親から仕送りを受けながら家賃を支払い、飲食店などのアルバイトで生活費を稼いだ。女性は「夢のために頑張れた」と振り返る。
 上京から半年後の2015年7月、女性7人組のアイドルグループの結成とデビューが決まり、事務所と正式に専属契約を交わすことになった。未成年だったため、契約の場には母親も同席した。その場で初めて顔を合わせた男性が、契約書を読み上げた。契約は5年間で、契約終了後も2年間は、どんな芸名でも芸能活動ができない▽報酬は月額3万8千円で、レッスン費など同額を報酬から差し引く――という内容だった。
 女性も母親も当時、契約の期間が長く、仕事をしても報酬を受け取れないことに違和感を感じたが、すでに高校を退学していたことなどを考え、サインした。女性は「契約の重さを理解していなかった。当時はデビューできるうれしさが勝ってしまった」と悔やむ。
 デビュー後は、毎週末のようにライブに出演。終演後はグッズやCDを売り、購入してくれたファンと有料の写真撮影をする「物販」に励んだ。ライブ以外でも、ファンへのメッセージ配信やツイッターの投稿、動画配信サイトを通じた動画配信を続けた。
 ファンにとっては、順調にアイドルとしての活動を続けているように映ったはずだが、内実は違った、という。
 報酬はレッスン費との相殺で支払われず、事務所から受け取れたのは自宅からライブ会場への交通費のみ。「物販」の売り上げもメンバーに配分されることは一度もなかった。動画配信では、ファンがチップをネット課金する形で提供できるが、女性らには支払われなかった。一方、配信で使う通信料や、撮影に使うカラオケボックス使用料は自己負担だった。
 女性は事務所に「物販」などの売上額や、歩合給の支給について尋ねたが、返事はなかったという。「どれくらい売れれば、給料が支給されるのか」。次第に事務所への不信感が募っていった。
 事務所を辞めることを考え始めたのは今年3月。その半年ほど前に「ヨーヨーを使った新しいアイドルユニットを作る」と指示され、通常の舞台練習とは別に週2、3回、スタジオでヨーヨーの練習を重ねた。アルバイトの時間を縮め、課題の技を深夜まで自宅でも練習したが、突然、企画の中止を告げられたという。
 女性は5月、「他の事務所に行きたい」と、マネジャーに伝えた。しかし、「契約書をよく読め、契約書に書いてあることは絶対だ」と告げられ、契約期間が残り、契約終了後も2年間は芸能活動ができないことを説明された。
 辞めることを決めたメンバーは女性ら原告4人を含む計5人。9月23日、渋谷区でのライブを最後に、5人がグループを「卒業」した。マネジャーからはライブで「『就職するので辞めます』と言うように」と指示されていたが、ファンには「今までありがとう」と感謝だけを伝えた。またステージに立ちたい、芸能活動を続けたい。その一心だったという。

 今回、原告女性たちが「不当だ」と訴えるのは、活動期間の実質的な無報酬と、他の事務所への移籍や芸能活動を制限する「事務所縛り」、芸名の使用制限だ。
 これらについて、別の芸能事務所の男性は「低報酬や、移籍の制限は、芸能界、特にアイドル業界では珍しいことではない」と明かす。
 原告の女性たちが所属していたグループのように、ライブを中心に活動するアイドルは「地下アイドル」と呼ばれる。物販での売り上げに応じ、歩合制の報酬を受け取るケースが多い。
 それでも、この男性は「月に10万円受け取れればいいほうだ」という。「良い講師のレッスンは費用が高く、良い楽曲や衣装にも費用がかかる。報酬は抑えざるを得なくなるが、むしろアイドルから喜ばれることもある」
 「事務所縛り」にも、「育てたアイドルが売れたとたんに他の事務所に移籍されてしまっては困る。移籍金を支払ってもらって円満に移籍が成立する場合もある」と指摘。「タレントの不満が出ないように、ギリギリでうまくやるしかない」と強調する。
 こうした契約をアイドル側はどう捉えているのか。
 複数の事務所に所属した経験のある元アイドルは、レッスン生として入った最初の事務所では、「辞めたら3年間の活動禁止」という約束があり、無報酬でレッスン代は自腹だったという。それでも迷わずに契約書にサインした。「自分の夢のことしか考えず、やるしかなかった。今思うと、冷静さを欠いていたと思う」と振り返る。
 移籍した2カ所目の事務所は固定給だったが、交通費は自腹で、ライブが多い月は出費がかさんだ。「働けば働くほど、取り分が減ってしまった」という。アルバイトも禁止で、生活は苦しかったが「文句を言えば、『やる気がないのか』と思われる。やるしかなかった」と話した。
 ここ10年ほどで、各地にご当地アイドルや地下アイドルが急増した。ただ、一部のトップアイドルを除き、多くは学生のアルバイト代程度の報酬を受けながら、活動の合間のアルバイトや実家からの仕送りで、生計を立てている。一方で、少しでもファンを増やそうと、ファン向けのブログを書いたり、動画配信をしたり、やるべき「仕事」は増えている。
 元アイドルの20代女性は活動を続けた理由を「夢を追いかけているから、先のことまで深く考えない。有名になるためのステージを事務所が用意してくれているだけでありがたい、という感覚だった」と話した。
 芸能界の法律問題に詳しい紀藤正樹弁護士はこうした実情について、「芸能人と事務所の契約は、労働や委託、代理、派遣など態様が様々で、裁判例も少ない。強い事務所と弱い芸能人という上下関係が固定化され、ルールづくりが進んでいない」と問題視する。今回の提訴を「裁判を起こすことは勇気がいるが大事だ。次に続く人が出てくる」と評価する。
 その上で、事務所と芸能人のトラブルには労働基準法や独占禁止法、不正競争防止法も関係する、とも指摘。「昨年のSMAPの解散騒動で、芸能界の問題点にも焦点が当たり、『パンドラの箱』が開いた感がある。『事務所をやめたい』という芸能人の相談も昨年から増えた」と話し、「個人の力では解決できないので、中小企業保護と同じような発想で芸能人を守る法律が必要だ」と指摘する。(小松隆次郎)

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