東京新聞  過労社会 防げなかった死 <上> 急成長ワタミ「労使一体」

東京新聞 2012年5月26日

ワタミフードサービス(東京)に入社して二カ月で自殺した森美菜さん=当時(26)=の同僚だった元男性社員(26)は、入社時の本社研修を忘れない。

同期の一人が会場で「労働組合はあるんですか」と尋ねると、人材開発部の社員が即座に答えた。「うちにそんなものはないし、必要ありません。問題が起これば迷わず相談してください」。会場がざわめいた。

四年たった今も、ワタミグループに労働組合はない。「創業者の渡辺美樹氏は社員を家族と言ってはばからない。その思想が背景にある」と元幹部は説明する。だが、“娘”だった森さんの葬儀に渡辺氏の姿はなかった。

ワタミの法令順守担当の塚田武グループ長は「わが社は労使対等というより労使一体。問題があれば内部通報制度もあり、従業員の意見を集約する機能を十分果たしている」と話す。

親会社のワタミは創業十四年で東証一部に上場。〇五年にはチェーン店が五百を超えた。社長だった渡辺氏の「二〇〇八年千店舗達成」の大号令に加え、介護分野など事業の多角化にも乗り出す。

ある店長経験者は「むちゃな拡大路線で現場にひずみが生まれていた」という。元取締役も「会社の急成長の裏でコンプライアンスが追いついていなかった」と語る。

森さんが自殺した〇八年前後は、ワタミフードサービスで労務管理の問題が噴出した時期だった。三十分単位で勤務時間の端数を切り捨てていた残業代の未払いが発覚し、アルバイトの解雇をめぐる訴訟も起きた。

ワタミフードサービスは、この年を境に時間外労働の上限を全店一斉に短縮。店舗のパソコンで一分単位で出退勤時間が記録できるシステムに改めた。

塚田氏は「いけいけドンドンの創業時と違い、会社が大きくなると法令順守が求められるようになり、企業として成熟していった」と説明した。

ワタミの中堅幹部によると、今年二月、森さんの労災認定を、会社は驚きを持って受け止めたという。中堅幹部は「労働基準監督署は不認定だったし、労務管理も改善が進んだ。森さんの件は社内的には終わった話で、青天の霹靂(へきれき)だった」と明かした。

森さんの労災認定の際、神奈川労働者災害補償保険審査官が指摘した、森さんの月百四十時間の時間外労働について塚田氏は「当時から異例だった」と言い切る。

だがワタミフードサービスでは今も、従業員の意思が反映されないやり方で三六協定が結ばれ、労働基準法に抵触する状態が続く。従業員は、経営側の言うがままの労働条件を受け入れるしかない。

渡辺氏は森さんの労災認定後、短文投稿サイト「ツイッター」に「労務管理ができていなかったとの認識はない」と書き込み、批判にさらされた。

今月、渡辺氏に三六協定の手続きが適正かなどについて取材を申し込んだが、回答は「遺族と協議中のためコメントは控えさせていただきます」だけだった。

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手帳に「誰か助けて」と書き残し、新入社員の森さんは自ら命を絶った。「過労死」という言葉が生まれて、今年で三十年。過労死はなくなるどころか、年々増え続けている。会社の利益を追求するあまり、人命が軽視されていく。彼女らの悲鳴はなぜ届かなかったのか。過労死を生む背景に迫る。

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