ブラック企業の実態知って ドキュメンタリー制作の土屋トカチ監督に聞く

『朝日新聞』5月16日(木)付、朝刊(第27面・生活面)
         
 土屋トカチ監督
 「ブラック企業にご用心!―就活・転職の落とし穴―」
 ブラック企業に入ってしまったら…
  映画監督の土屋トカチさんが今春、社員に過酷な働き方をさせる「ブラック企業」をテーマにしたDVDを完成させた。長時間労働が原因で自殺したり、うつ病になったりした若者たちについて取材したドキュメンタリーだ。作品にこめた思いを聞いた。

  ――なぜ、ブラック企業がテーマのDVDをつくったのですか。
  「若者の働く環境がひどい状況になっているからだ。労働時間は長すぎるし、残業代を払わない会社も多い。そういう違法なことをするのがブラック企業だ。だが、若者たちは、社会に出るまでに労働法を知らず、どう対処したらいいか分からない。DVDをみて、若い人たちに自ら考えてもらいたいと思った」

  ――日本の企業では昔から、長時間労働が当たり前。いまに始まった問題ですか。
  「昔から、日本の会社にはブラック的な要素があったと思う。ただその分、定年まで社員の面倒をみるし、働いた年数に応じて給料が上がる仕組みがあった。今は、社員が使い捨てられている。僕より若い人が、過労で亡くなっている。一方で、一部の経営者は『労働法を守ってたら、企業活動なんてできない』などと発言する。恐ろしい時代になったなと感じている」
  ――作品で工夫したところはどこですか。

  「インタビューが中心の作品に、ドラマ仕立てのシーンを加えた。ブラック企業の新入社員が研修を受ける、という場面。若者役の役者の顔は、あえて見えないようにした。DVDを見る若い人に、『もし自分だったら』と考えながら、見てほしかったからだ」
  「DVD制作中に友人が亡くなった。工場で働いていたが、会社の都合で急に仕事がなくなり、ストレスと、職場でのいじめが原因でうつ状態になり、自殺した。相談を受けていたのに、救うことができなかった。周りの人が助けるのは、すごく難しい。すべての若い人に、自分のこととして真剣に考えてほしいと思った」

  ――2008年の作品「フツーの仕事がしたい」では、月に550時間働いていたトラック運転手が労働組合に入って闘う姿を撮りました。
  「僕自身がずっと労働者だった。10歳のとき、父が亡くなり、10代から新聞配達をし、工場で日雇いの仕事もした。労働法なんて知らずに、不当な条件で働いてきた。上京して入った映像制作会社でリストラされた時、労働組合に入って会社と交渉した。解決金を勝ち取り、その金でビデオカメラを買い、映画を撮り始めた。その後の生活が大きく変わった。だから、労働者の権利が法律で守られていることを、作品を通じて伝えたい」
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  1971年京都府生まれ。41歳。映画監督。2008年発表の「フツーの仕事がしたい」で、ドバイ国際映画祭の最優秀ドキュメンタリー賞。
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  <「ブラック企業にご用心!―就活・転職の落とし穴―」> 居酒屋チェーンに入社し、2カ月で過労自殺した女性や、コンビニで働いてうつ状態になった男性を紹介。定価6千円(税ぬき)。問い合わせは、NPO法人「アジア太平洋資料センター」(03・5209・3455)。

  ■就活、見分けるポイントは 離職率や労働条件、確認を
  「ブラック企業」という言葉は、2000年代後半から、若者を中心にインターネットで広がった。
  こんな言葉がはやるのはなぜか。関西大学の森岡孝二教授(企業社会論)は、「若者の働く環境が、かつてないほど悪くなっているからだ」と話す。08年にリーマン・ショックが起き、就職難の時代になった。森岡氏は「なりふり構わず、社員をこき使う経営者が増えた。就活が買い手市場になり、経営者を強気にしている」という。

  就活に際してブラック企業にどう対処すればいいのか。
  労働相談を行うNPO法人POSSEの今野晴貴代表によると、会社の離職率は、ブラック企業を見分ける参考になる。働き方が厳しすぎれば、途中でやめる人も増えるからだ。だが、離職率を公表していない企業も多い。

  「入社時に働く条件を確認することも重要」と今野さん。会社は働く条件を明らかにするように義務づけられており、賃金や労働時間についてチェックできる。求人広告の内容と実態が違う会社もあるので、注意が必要だ。現役の社員に知り合いがいれば、実情を聞くこともできる。

  入社後に「ブラックだった」と気づく場合もある。今野さんは、四つの対処策をあげる。「自分を責めないこと。それが最も重要なポイントだ」と話す。
  (牧内昇平)

  ◆キーワード
  <ブラック企業> サービス残業やパワハラ、退職強要など、違法で悪質な行為が横行している会社。労働相談を行うNPO法人「POSSE」によると、典型例は三つ。(1)長時間労働や過剰なノルマで社員を徹底的に働かせる「使い捨て型」(2)社員をたくさん採用し、必要な人材だけ残して辞めさせる「選別型」(3)セクハラやパワハラを放置している「無秩序型」だ。

 

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