「波紋広げるブラック企業」 若者は自衛し、会社は認定恐れる

産経ニュース 2013.5.26

典型的なブラック企業の類型
長時間労働を課して残業代を支払わない、暴言やパワハラを繰り返して退社に追い込む…。そんな過酷な労働を強いる「ブラック企業」が問題化している。入社後、心身のバランスを崩して職場から長期離脱するケースも少なくない。若者の早期離職の一因とも言われるが、労働実態を就職前に見抜くのは至難の業だ。一方で、ブラック企業のレッテルを貼られてしまいダメージを受ける企業も出ている。(三宅陽子)

■何が悪かったのか…

 「とにかく辞めてくれ」

 20代後半を迎え、ようやく関東の食品系企業の営業職となった木村武さん=仮名=は今年始め、上司の言葉に耳を疑った。

 勤め始めて約10カ月。実務はほとんど教えてもらえず、見よう見まねで覚えてきたが、向けられるのは「言われたことがすぐできない」などの説教ばかり。

 毎朝早朝に出勤し、帰宅は終電ギリギリ。睡眠時間は4〜5時間。それでも頑張ろうと思っていた中での突然の解雇宣告。営業成績が特段悪かったわけでも、大きなミスをした記憶もないが、明確な理由はついに聞けなかった。

 「ブラック企業だったのかな…。また同じような職場に入ってしまったらと思うと就職活動が怖い」。木村さんは不安を隠せない。

 若者の労働相談を行うNPO法人「POSSE」には、基本給20万円に残業代月100時間分が含まれていたといった悪質なケースも報告されている。今野晴貴代表(30)は「ブラック企業に共通しているのは若者を使い潰すこと。社員らは鬱病となったり、体を壊したりして仕事を辞めていく」と解説する。

■ネットで情報収集

 ブラック企業という言葉は、2008(平成20)年のリーマン・ショックなどで就職難が深刻化したことを背景に若者の間で急速に広まったといわれる。「代わりはいくらでもいる」。そんな高圧的な態度で社員に接し、低賃金で働かせ、長時間勤務やパワハラを繰り返す企業のことを指す。

 就職活動を行う学生らにとって今、ネットで広がるブラック企業の情報は重要な判断材料となっている。

 ブラック企業の傾向を見る指標の一つとされるのが、社員の離職率の高さだ。厚生労働省の統計では、入社後3年以内に退職した人(21年3月卒)の多い業種は、「教育・学習支援(塾講師や私立小中学校教諭など)」48・8%▽「宿泊・飲食サービス」48・5%▽「生活関連サービス・娯楽(美容院・パチンコ店など)」45・0%−の順。ただ、スキルアップで転職が多い企業もある。

■“風評被害”

 ブラック企業の違法行為に気づけるよう、厚労省が開く労働法の出張説明会に若者が参加するなど、自衛の動きが出る一方、ブラック企業と認定されてしまい打撃を受ける企業もある。

 企業の評判や管理などの相談を受け付ける「ネクストリンク」(東京)には、ネットで“ブラック認定”された企業からの相談が多く寄せられている。

 情報の発信源は、会社の労働条件や人材育成に不満を持つ社内関係者であることが多く、「悪評が立ったことで必要な人材が集まらなくなり、業績を伸ばせなくなるケースも出ている」と同社の大和田渉社長(32)は懸念。取引先が悪評を気にして取引をやめたり、売り上げ減になったりする例もあったという。

 大和田社長は「企業はブラックのレッテルを貼られないよう予防策を講じることが必要になってきた」と指摘。「誠意を持って労働環境を整備していけるかは人材を確保し、事業戦略を描く上でも重要になる」と指摘した。

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