特別リポート: 福島作業員を蝕む「違法雇用と過酷労働」

ロイター ビジネスニュース 2013/10/25

10月25日、高濃度の放射線にさらされている福島第1原発の現場で、違法雇用と過酷労働という作業員を蝕むもうひとつの「汚染」が進行している。写真は同原発で3月撮影(写真省略)

 【いわき市(福島県) 25日 ロイター】 – 高濃度の放射線にさらされている東京電力<9501.T>福島第1原子力発電所の廃炉・除染現場で、作業員を蝕むもうひとつの「汚染」が進行している。不透明な雇用契約や給料の中抜きが横行し、時には暴力団も介在する劣悪な労働環境の存在だ。

 東電や大手建設会社を頂点とする雇用ピラミッドの底辺で、下請け作業員に対する不当な取り扱いは後を絶たず、除染や廃炉作業への悪影響も懸念されている。

 「原発ジプシー」。 福島第1原発をはじめとする国内の原発が操業を開始した1970年代から、原発で働く末端労働者は、こんな呼び名がつくほど不当で不安定な雇用状態に置かれてきた。電力会社の正社員ではなく、保全業務の受託会社に一時的に雇用される彼らの多くは日雇い労働者で、原発を転々としながら、生計を立てる。賃金の未払いや労働災害のトラブルも多く、原発労働者に対する待遇改善の必要性はこれまでも声高に叫ばれてきた。

 しかし、福島第1の廃炉および除染現場では、こうした数十年に及ぶ原発労働者への不当行為が改善されるどころか、より大規模に繰り返されている可能性があることが、80人余りの作業員、雇用主、行政・企業関係者にロイターが行った取材で浮かび上がってきた。

 福島第1では、800程度の企業が廃炉作業などに従事し、除染作業にはさらに何百もの企業が加わるという、過去に例のない大掛かりな事故処理が続いている。現場の下請け作業員は慢性的に不足しており、あっせん業者が生活困窮者をかき集めて人員を補充、さらに給与をピンハネするケースも少なくない。下請け企業の多くは原発作業に携わった経験がなく、一部は反社会的勢力にも絡んでいるのが実態だ。

 <不透明な雇用記録>

 2012年の夏、同原発で現場作業員の放射線モニター担当として雇われた林哲哉(41)も、そうした末端労働者の一人だった。同原発に職を求めた動機には、日々の暮らしを支えるためだけでなく、自分が持つ建設や溶接の技術を復興に役立てたいという気持ちもあったという。

 しかし、福島での雇用形態は予想以上に複雑だった。林によると、雇用契約は東電の6次下請けにあたるRH工業との間でサインしたはずだったが、現場で作業する手続きには同社も含め、6つの企業が関与していた。

 さらに、当初に伝えられた仕事内容は現場から離れた放射線のモニター業務だったが、下請け会社の一つ、プラント工事会社のエイブルからは、実は放射線量が高い現場作業であることを告げられた。エイブルは、同原発で200人程度の作業員を管理する東電の元請け会社東京エネシス<1945.T>の下請けだ。

 「一週間経てば、(被ばくした)放射線量は半減する」、「被ばくしたとしても線量が積み上がることはない」。現場の上司からは、こんなデタラメも耳にした。

 2週間の作業を終えた後、林は自分の被ばく放射線量の記録帳をみて、雇い主がRH工業ではなく、鈴志工業とテイクワンという上位の下請け企業になっていることに気がついた。林の主張については、両社のほか、東電、東京エネシス、エイブル、RH工業のいずれもロイターの取材にコメントはしていない。

 林はこの雇用契約には違法性があったとして、仕事を辞めたあと、労組の派遣ユニオンとの連名で福島労働局に是正を求める申告書を提出した。その中で、雇用主や雇用内容が契約と異なっているほか、複数の企業による賃金の中間搾取、社員経歴書への虚偽記載の強要、放射線管理手帳への虚偽記載などの問題点を上げている。同労働局からの返答は来ていないという。

 同年の9月、林は同原発で、あらためて鹿島<1812.T>の下請け会社テックに雇われ、別の仕事に就いた。しかし、新しい仕事では、テックから支払われた1万6000円の日当のうち、ほぼ3分の1は仕事を仲介した長野県の元暴力団員を名乗る人物が受け取っていた。

 「毎日あそこ(福島第1原発)では3000人の作業員が仕事をしている。作業員がいなくなれば、(原発処理はできずに放射能が拡散し)日本人がみんな死んでしまうことにもなるだろう」。廃炉や除染にかかわる仕事の重要性は十分に認識している、と林は語る。しかし、現実の労働実態は、許容できるものではなかった。「だまされて、はめられた思いだ」。林はいま、福島での体験を厳しい口調でこう振り返る。

 暴力団との関係に見切りをつけ、福島原発近くの除染現場で働き始めた五島亮(23)も、林と同じ長野の人物を通じてテックによる除染作業に加わった。五島は14歳から関西系暴力団の地方支部に出入りし、ゆすりや借金の取り立てを続けていたが、20歳で同組織との縁を切った。しかし、その見返りとして、毎月20万円を数カ月間取り立てられ、借金した130万円を返済するため、除染作業に職を求めたという。

 だが、実際に手にすることができた給与は、雇用時に約束されていた額の半分程度だった。仲介者による中抜きだったと五島は言う。これについてテック側はロイターに対し、横領したのは別の従業員で、その従業員を解雇したとし、五島には未払い分の給与を支払ったと説明している。五島は昨年12月に同社での仕事を辞めた。

 テックの元請けである鹿島の広報担当者は、2人のケースについて、直接契約を交わしていないためコメントする立場にないとし、「我が社では契約先の企業に費用を払い、彼らから危険手当を払うよう指示している」と話している。

 <慢性的な人手不足と緩い法規制>

 こうした労働トラブルが続発する背景には、福島第1原発の廃炉や除染作業で現場労働者が不足し、なりふり構わない人員調達が行われているという実態がある。

 作業現場では、雇用の発注者である東電の下に鹿島や大林組<1802.T>といった元請け、さらに7層を越す下請けが連なり、複雑な業務委託ピラミッドが出来上がっている。その末端には会社登記すらない零細企業も存在する。

 同原発では現在、約8300人を超す作業員が登録されているが、東電では廃炉事業を急ぐため、2015年までに少なくとも1万2000人を動員する計画を立てている。汚染水対策として緊急性が高まっている凍土遮水壁の建設要員を含めると、その数はさらに膨れ上がる見通しだ。

 「これだけの人員を導入して、果たして東電が彼らの安全を守れるのか、考える必要があるだろう」と日本原子力研究開発機構安全センターの中山真一副センター長は東電の現場管理能力に疑問を投げかける。

 緊急度が増している除染や廃棄物処理を推進する法的措置として、2011年8月30日に議員立法による「放射性物質汚染対処特措法」が公布され、昨年1月1日から施行されている。しかし、厚生労働省によると、この法律は、除染作業などを行う業者の登録や審査を義務付けておらず、誰でも一夜にして下請け業者になることが可能だ。

 多くの零細企業は、原発を扱った経験がないにもかかわらず契約獲得を狙って群がるように応札し、さらに小規模な業者に作業員をかき集めるよう依頼している、と複数の業者や作業員は証言する。

 今年上半期に福島労働局が除染作業を行っている388業者を立ち入り調査したところ、68%にあたる264事業者で法令違反が見つかり、是正勧告した。違反率は昨年4月から12月まで行った前回調査の44.6%から大きく増加した。違反の内容は割増賃金の不払い、労働条件の不明示から作業の安全管理ミスまで多岐に及んでいた。

 こうしたトラブルが深刻化して労働争議になった企業の一つが、電興警備保障だ。原発事故以前は建設現場の警備に携わっていた会社だが、福島第1原発に近い同県田村市での除染作業をめぐり、国から出ていた危険手当を支払っていなかったとして作業員25人から支払いを要求された。

 今年5月に開かれた団体交渉では、同社による作業員の待遇にも批判が相次いだ。作業現場での夕食は、ひどい時は米飯1膳にピーマン半分かイワシ1尾。12月に従業員らを乗せた車が凍結した道路で横転した際には、監督者が従業員に作業服を脱いで離れた場所にある病院に分散して行くよう命じた。同社は労災保険に加入しておらず、事故報告を避けたかったのだ、と作業員側はみる。

 同審判で、電興警備保障の幹部は従業員側に謝罪し、「解決金」として請求額とほぼ同じ総額1600万円の支払いに応じた。「後から考えれば、素人(の企業)が関与すべきことではなかった」。同社幹部は、ロイターの取材に対し、除染事業に手を出したことをこう悔やんだ。

 しかし、この争議のように多くの従業員が団結して雇用主を訴えるケースはほとんどない。報復を恐れて沈黙してしまう被害者が多いからだ。あっせん業者が借金返済を肩代わりし、その見返りに作業員を働かせる例もある。雇われた作業員は、あっせん業者に給料を中間搾取されながら、苦情を訴えることもできず、肩代わりされた借金を返済するまで働き続けなければならない。

 「訴訟を怖がっているのは、(問題作業員としての)ブラックリストに載ってしまうという心配があるからだ」。かつて日雇い労働者として働き、現在は福島の労働者を保護する団体を運営している中村光男は、作業員たちの多くが原発で仕事する以外に職を手に出来る状況にはない、と指摘する。

 作業員と企業をつなぐあっせん業務が、暴力団の資金源になる危険性もある。福島第1の除染作業をめぐり、今年3月、山形地方裁判所は住吉会系暴力団の元幹部に対し、労働者派遣法違反(無許可派遣)の罪で執行猶予つきの有罪判決を言い渡した。

 判決によると、同幹部は昨年11月から今年1月までの間に95回にわたって6人の作業員を無許可で福島県の除染現場に送り込んだ。暴力団に対する取り締まりが厳しくなり、露天商などでの稼ぎが難しくなったのが動機だった。「除染作業は日当が高く、もうかると思った」。報道によると、同幹部は取り調べのなかで、こう話したという。

 派遣された作業員たちの仕事は、大手建設会社の大林組が担当した除染業務の下請けだった。ロイターの取材に対し、同社の広報担当者は、下請け業者の1社が暴力団関係者から派遣された作業員を受け入れていたとは気づいていなかったと釈明。「下請け業者との契約では、反社会的勢力に加担しないよう条項を設けている」とし、警察や下請け企業と協力して、この問題についての認識を高めるよう努めていると話している。

 <避けられない下請け依存、届かない監視の目>

 末端作業員への搾取がなくならない福島第1原発の実態について、雇用ピラミッドの頂点に立つ東電はどう考えているのか。

 同原発の廃炉や地域の除染に必要な時間と作業量があまりにも大きく、自社だけでは人員も専門技術も不十分で、下請けに任せるしかない、というのが同社の現状だ。 同社は下請け作業や雇用の実態まで十分に監視できていないと認める一方、下請け業者は、作業員の酷使や組織的犯罪への関わりを防ぐ措置を実施していると強調する。

 あっせん業者による給料の横取りを防ぐために、雇い主と管理企業が異なるような雇用形態は禁止されているが、東電が昨年行った調査では、福島第1の作業員の約半数がそうした状況に置かれていた。同社は元請け会社に労働規制の順守を求める一方、作業員の疑問に答えるため、弁護士が対応する窓口も設立した。さらに、厚生労働省による労働規制の説明会を下請け業者向けに開いたほか、6月には、新しい作業員に対し、不法な雇用慣行を避けるための研修を受けるよう義務付けている。

 待遇改善が進まない背景には、東電自体が金融機関と合意した総合特別事業計画の下で厳しいコストカットを要求されているという現実がある。同社はすでに2011年の震災後に社員の賃金を20%削減した。業務委託のコストも厳しく絞りこまれており、結果的に下請け労働者の賃金が人手不足にもかかわらず、低く抑え込まれているという現実を生んでいる。ロイターがインタビューした福島第1の現場作業員の日当は平均で1万円前後で、一般の建設労働者の平均賃金よりはるかに低い。

 賃金や雇用契約の改善のみならず、現場での作業の安全性が確保されなければ、廃炉や除染事業そのものが立ち行かなくなる懸念もある。今年10月、作業員が淡水化装置の配管の接続部を外した際に、作業員計6名が高濃度の汚染水を浴びる事故が起きた。8月には作業員12名が、原子炉からがれきを取り除いていた際に被ばくした。

 こうした事故の続発を受け、原子力規制委員会の田中俊一委員長は、不注意な過ちを防ぐには適切な監督が重要だ、と指摘。現時点で東電は下請け業者に作業を任せ過ぎている可能性があると述べている。

 福島労働局によると、通常の業務委託は2次か3次の下請けぐらいまでだが、福島原発の廃炉や除染事業については、膨大な作業量を早急に処理すべきという社会的な要請が強く、下請け企業を大幅に増やして対応せざるを得ない。雇用者が下請け企業や作業員をしっかりと選別できないという現状の解決が最優先課題という。

 「下請け構造が悪いとはいえない。労働者が全然足りない状況にあるということが大きな問題だ」と同局の担当者は指摘する。「廃炉や除染事業にヤクザの関与を望む人は誰一人いないはずだ」。

 (文中、敬称略)

 (Antoni Slodkowski、斉藤真理;編集 北松克朗、石黒里絵、田頭淳子)

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