読売新聞 2013年11月30日
◇安心して働ける職場目指し「企業に目光らせる」
過酷な長時間労働などで社員を使い捨てにする「ブラック企業」が社会問題化する中、働く人を守る労働基準監督官が注目を集めている。10月には監督官を主人公にした連続ドラマがスタート。同月の府内監督署への相談件数は前月比で500件以上増えた。ドラマでは不当な扱いを受ける労働者のため熱血監督官が奮闘中だが、府内にも熱い思いで仕事に打ち込む監督官がいる。(増田弘輔)
府内最大の大阪中央労働基準監督署で30人を束ねる第1方面主任労働基準監督官、平野聖人さん(51)。高校卒業後、受刑者を処遇する刑務官として働きながら大学に通い、27歳で転身した。厳しかった当時の労働環境が身にしみ、「働き方と向き合う監督官の仕事に興味を持った」という。
忘れられない出来事がある。別の労基署で勤務していた約7年前。男性が妻と幼い娘を残し、職場で首をつって自殺した。調査で、月100時間を超す時間外労働の末にうつ病を発症していたことが判明。男性が自殺の直前、一緒に入浴した娘に「お父さんはもう死にたい」ともらしていたことを男性の妻から聞かされ、胸が締めつけられる思いがした。「企業の利益のために労働者が犠牲になるのは本末転倒だ」。長時間労働を減らすまで、男性の勤務先を繰り返し指導した。
「朝、働きに出かけたときと同じ元気な姿で家庭に戻れる職場に」。その思いを胸に今、労働者の相談に耳を傾け、企業の経営者らに法律を守るよう指導を続ける。モットーは「誰に対してもひるまず、こびず、同じ目線で」。法の枠を超えて長時間労働を強いる企業には厳しい態度で臨む。
自ら命を絶ったり、精神疾患を患ったりする労働者が後を絶たない。府内の労基署への相談件数は9月に1万件を超し、10月は1万703件にのぼった。
現在放映中のドラマ「ダンダリン 労働基準監督官」(日本テレビ系)では、主人公の女性監督官・段田凛(だんだりん)が法令違反の企業や経営者と徹底的に戦う。「なかなかドラマのようにはいかない」と笑うが、「監督官の連続ドラマは以前は考えられなかった。それだけ労働問題が身近になったということ」と語る。
アベノミクスで景気が上向き加減とも言われるが、平野さんは「景気のいいこの時期に何とか業績を上げようと、企業が従業員に無理を強いる側面がある。心身の不調に直結する過重労働がないよう目を光らせたい」と話す。